広大な埋め立て地に流通倉庫が建ち並ぶ,東京・新木場。物流大手のディー・エイチ・エル・ジャパン(DHLジャパン)もここに大きな倉庫を構えている。その一角に,広さ約4000m2に及ぶ電機メーカー向けの3PL(3rd party logistics)拠点「ELC(Express Logistics Center)」がある。

 同拠点の役割は,ハイテク分野の製品や,それらを構成する膨大な部品を保管したり,在庫数量を管理したりすることである。電機メーカーの取引先からの注文を受け,ELCで保管している部品の中から対応するものを即座に出荷できる体制を整えている。実際,同拠点に行って周りを見回すと,同社と契約している海外のパソコン・メーカーやネットワーク機器メーカーなど約10社の部品が整然と並んでいる。ここで1カ月に搬出入される部品は,約4万個に上るという。

 このELCは,電機メーカーのSCM(supply chain management)とガッチリと結びついた先端の物流倉庫である。しかし実は,その機能はさらに先へと広がりつつある。保管だけでなく,製品の組み立て工場としての役割も担い始めているのだ。

東京・新木場にあるDHLの物流拠点

図1 東京・新木場にあるDHLジャパンの物流拠点。この中にELCが入っている

倉庫の中で組み立て,即出荷

 ELCの中には,ICカードの施錠システムで隔離された2つの小部屋がある。ELCの契約先メーカー約10社のうち2社が,作業スペースとして「間借り」している部屋である。電磁波吸収シートを敷き詰めた部屋の中では,電機メーカーから派遣された技術者が少量生産品などの組み立て作業を進めている。組み立てに使う部品はすぐ隣にある倉庫から出し入れする。完成した製品は,航空貨物用のコンテナやトラックに積み込まれて即座に出荷される。

 組み立てだけではない。パソコンに添付するマニュアルは,日本語か英語か。返品されてきた不良品は簡単な部品交換で修理できるか,本国に送り返す必要があるか。納入先が必要としているルータの組み合わせは---。発注を受けてからの限られた時間で,納入する部品や機器を納品先ごとにカスタマイズするという作業もELCで行うことが増えている。

 ELCを利用するメーカーの中には,半導体製造装置メーカーもある。「半導体メーカーにとって製造装置はミッション・クリティカルな機器。装置メーカーとしては,万一故障したら,顧客の工場にできるだけ近い場所でただちに代替品を組み立てて納品できる態勢を取っておく必要がある」(DHLジャパン 営業開発本部 エリアロジスティクスマネージャーの礒田 實氏)。

 DHLが東京にELCを開設したのは2002年12月。現在では香港,上海,ブリュッセル,サンフランシスコなど世界15カ所にELCを構える。米FedEx Corp.もアジアを中心に世界各地で「Logistics Distribution Center(LDC)」と呼ぶ拠点を展開し,同様のサービスを手掛ける。2003年4月には,ペンタックスが北米向けに製造するデジタル・カメラについて,フィリピン・スービックベイのLDCで組み立ての最終工程と梱包作業などを担う契約を結んでいる。規模の大小の違いはあるものの,空運部門を持つ大手の物流業者は,いずれも大口顧客に対し同様のサービスを提供している。

仕掛品や製品が並ぶELCの内部

図2 ELCの内部。右側の棚に契約先メーカーの部品を並べてある。中央部の床に置いてあるのは出荷直前の製品や,返品されてきた不良品などである。左手前のDHLジャパン社員が出荷・入荷業務などを担う。

少数多品種なのにコモディティ,生産効率化を求めるデジタル家電

 それではなぜ,物流拠点の「工場化」がじわじわと進んでいるのだろうか。

 製造業にとって物流の効率化は永年の課題である。最初は単に機器や部品の輸送だけを考えていたのだが,まず1980年代に入りJIT(just-in-time)による仕掛品在庫の削減などが大きなテーマとなった。そして1990年代には部品調達元や製品納入先といった取引先の社数が大幅に増加し,製造拠点も国内の特定個所から海外拠点やアウトソーシング先も含め多様になった。こうした複雑なモノの流れを管理するために,SCMのソフトウエアなどを活用しつつ,自社にかかわる物流システム全体を戦略的に再構成するという動きが定着した。

 とはいえ,ソフトウエアを導入するだけで目覚ましい効果が上がるほどSCMは簡単ではない。物流拠点の配置,輸送頻度の見直し,個々の部品の状態把握といった地道で膨大な作業が必要になる。そこでメーカーは次第に,物流会社を3PLとして活用し,自社の物流網をアウトソーシングする道を選び始めた。物流会社のノウハウをもって,物流網の効率化を図り始めたのである。言わば自社物流網のオーダーメードを目指したものが3PLだった。

 こうした物流の効率化をさらに推し進め,物流拠点の「工場化」へ企業を誘う大きなキッカケがあった。パソコンやデジタル家電のコモディティ化である。出荷台数が急増し,競合メーカーを含めた業界全体での機種数も増えるばかりである。競争が激化することで,製品単価は絶えず下げ圧力にさらされている。それぞれの製品が新鮮さを訴求できる期間は短くなった。出荷台数が増える一方で粗利益率が減少しているため,完成品在庫を持つことのリスクが数年前より飛躍的に高まっている。

メーカーの作業用スペース1メーカーの作業用スペース2

図3 ELC内部に設けられた,メーカーの作業用スペース。この中で最終組み立て工程などの作業を行っている。

完成品の一歩手前の仕掛品を保管

 加えて,デジタル・カメラなど一部の例外を除けば,大半の機器は販売する国・地域や供給先の通信事業者などの違いにより仕様が少しずつ異なる。コモディティにもかかわらず,少量多品種生産が求められるのである。これに対応するためメーカー各社は,製品の構成部品のモジュール化を徹底した。

 複数の機種に共通する部分は自社工場で大量生産しておき,仕向け地やユーザーの要望に応じた調整が必要な部分は,出荷直前に仕上げるという仕組みを採っている。そして,受注から出荷までのリード・タイムを極限まで短縮することを狙い,仕上げ工程の部分を自社工場から物流拠点に移したというわけだ。米Dell Inc.による短納期でのパソコン受注生産・流通プロセス,いわゆる「デル・モデル」に代表されるように,受注生産で細かいカスタマイズに応じつつ,数日という短納期で出荷するのがここ3~4年ほどで当然になってきている。

 DHLジャパン 営業開発本部長のStuart Whiting氏もこうした動きを認識している。「電機メーカー各社にとって,組み立て工程そのものは大きな付加価値を与える『コア・プロセス』ではなくなってきているというのが共通認識だ。であれば,その業務を物流会社に委託し,物流全体の最適化を図る観点から生産拠点や手法を再考するのも1つの手段ではないか」と語る。物流部門のリストラや在庫削減といった従来の3PLの目標をさらに深耕させる過程で,「工場も自社拠点から物流会社へ」という考えが出てくる条件が着々と整いつつある。

ELCの温度・湿度管理

図4 ELCでは電子機器を専門に扱うことから,年間を通して温度・湿度を一定に保つよう設定している。