改正特許法が施行される2005年4月まで,あとわずかとなった。東芝は改正特許法施行にあわせて変更した対価支払い制度の説明にeラーニング・システムを活用したり,技術者だけでなく営業職を含む全従業員に協議の機会を与えるといったユニークな施策に打って出た。この作業を担当する東芝 知的財産部長の加藤泰助氏に話を聞いた。

(聞き手=浅川 直輝)



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——支払い額の算定法の概略を教えてほしい。

加藤氏 今回の制度改正では,支払い額の算出基準は変えていない。その代わりに,算出した対価に対して従業員が異議申し立てできる「不服申し立て制度」を新設した。今までも個別に不服を受け付けてはいたが,新特許法の施行にあわせて社内制度として明文化した。このほか,対価の計算式を社内で開示する措置を取った。

 支払額は,まず出願時に5000円~数万円ほど。登録した特許ついては,社内実施の実績を基に算出した対価と,ライセンス収入の実績を基にした対価を足し合わせた額を1年ごとに発明者に支払う。社内実施の対価を算出する基になるのは,特許を実施した製品の生産額と,特許の貢献度である。ライセンス収入については,収入額が高ければ高いほど,ライセンス収入に対する対価の割合を低く抑えている。最高値でも5%より下だ。クロスライセンスの場合,クロスライセンスによって支払わずに済んだはずのライセンス収入を基に対価を算出する。ただし,対価の割合は通常のライセンスの場合より低くなる。

——改正特許法の施行に合わせ,対価の支払い制度について従業員とどのような協議を行ったか。

加藤氏 協議の対象は,技術者だけでなく営業職などを含む全社員とした。というのは,技術者以外の社員を議論のかやの外におけば「なぜ技術者だけが優遇されるのか」といった不満がたまるからだ。支払い制度の説明には,社内のeラーニング・システムを活用した。説明資料は30枚以上からなり,従業員は各項目ごとに質問や意見を会社に送信できる。

 このほか,所有するパソコンの都合などでeラーニングができない人向けに,説明会を別途6回くらい開いた。労働組合にも直接説明し,理解を求めた。

——従業員からはどのような質問・意見があったか。

加藤氏 合計100問ほどの質問が来て,そのすべてに回答を出した。一番多かった質問は「対価は他社と比べてどんな水準か」「中村裁判の和解内容と比べてどうか」といった金額面での質問だった。このほか,営業部門や製造部門からは「なぜ発明者だけ優遇するのか」といった意見もやはり出た。

 我々は他社の金額についてもある程度推定値を得ており,従業員には「他社と比べ劣っていることはない」と回答した。1年に支払う対価の総額は,詳細は言えないが数億円ほどになる。

——今後,改正特許法の施行にも関わらず発明の対価に関する訴訟が頻発した場合,どのように対処するか。

加藤氏 もしも中村裁判のような「和解」ではなく,最高裁判所が判決の 中で対価の算出法を明示するといった事例が出たなら,我々はその判例 を尊重する。支払い制度も判例に合わせて変更する必要があるだろう。

 もちろん,そんなことは起きて欲しくないし,起きないと思っている。もし「利益の5%は発明者に」という紋切り型の制度になったら,製造部門や営業部門は「なぜ研究開発部門だけが得をするのか」と不満を持つだろう。それは社内のチームワークにとってマイナスになる。それに,利益が出なかった事業では発明者が報われないことになってしまう。


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