いわゆる「相当の対価」に関連して改正された特許法第35条の施行まで,あと1カ月を切った。この施行に伴い,対価の支払い制度を定める従業員と会社との協議が,各社で大詰めを迎えている(Tech-On!関連記事)。中村裁判をはじめとする一連の訴訟が投げかけた「発明への妥当な対価とは」という問いへの1つの回答が,このひと月のうちに示されることになる。

 これらの回答の正当性を決定づける鍵となるのが,従業員と会社の双方が十分に議論を尽くせたかという点だろう。この事は改正第35条の根幹でもある。改正法では,支払い制度の策定が「合理的な手続き」を経ていないと判断されれば,企業はやはり発明の対価に関する訴訟リスクを負うことになる。

 今回は,他社に先駆けてれらの一足先に支払い制度を固めた(Tech-On!関連記事)日立製作所の事例を取り上げる。同社 知的財産権本部 副本部長 発明管理本部 副本部長の岡謙介氏に,協議の内容について経営側の視点から話を聞いた。

(聞き手=浅川 直輝)



——支払い額の算定法の概略を教えてほしい。

岡氏 今回の制度改訂では,算定法の骨格は大きく変えずに,支払い額を従来より若干上乗せしている。まず出願時に,特許の重要度に応じて3000円,6000円,3万円を支払う。特許の登録時には,1件につき5万円を支給する。例えば,日本と米国で2件登録されれば,10万円になる。これが海外で特許を登録するモチベーションとなる。特許の実施実績に基づく支払いは,前年度の実績を基に算定する。社内で特許が実施されたことへの対価と,社外にライセンスされた場合の対価の2つを足し算することになる。前者は,特許を使用した製品の売上×貢献度で報償額を決める。これに対して社外で実施された特許に対する支払い額は,ライセンスにより得た収入などに基づき算出する。ライセンス収入が高額になるほど,ライセンス収入に対する支払い額の割合は低くなる。

——対価の支払い制度を改訂した経緯は。

岡氏 制度の改訂案を策定したのは,2004年の夏ごろのこと。そして同年10月にイントラネットで全従業員に公開した。その際に「頂いた質問は,全件回答します」という添え書きもつけた。その後,11月はじめから2005年1月にかけて,研究開発者向けに説明会を開催した。説明会は,各事業所で計180回ほど実施した。延べ1万人以上の従業員が参加したことになる。回数が多いのは,従業員が気軽に質問できるよう,一回当たりの参加人数を絞ったためだ。

——説明会の中で,従業員からはどのような質問・意見が返ってきたか。

岡氏 「まったく納得できない」といった拒否反応はなかった。延べ600~800ほどの質問・意見が集まったが,一番多かった要望は「支払い額の算定基準がはっきり分かるようにしてほしい」ということ。これについては,算定式や算定基準をイントラネットで明らかにすることで対処した。もう1つ,主に研究所で働く人間から「自分が一生懸命書いた特許が,何に使われているかよく分からない」という不満が寄せられた。この意見を基に新設したのが,社内での特許の実施状況を調査し,本人に通知する制度である。発明者から申請があれば,知財部が実施状況を調査し,本人に通知した上で支払いに反映させる。研究者にとっても,社内実施の状況を知ることはモチベーションの向上につながる。

——対価の支払い額については,妥当だと考えているか。

岡氏 現在の支払い総額は,おおざっぱに言って1年当たり7億円ほど。各社の支払い額をベンチマークしているが,他社の水準と比べても妥当なレベルと考えている。もちろん,一連の裁判で算定された報償額と同水準とは言えないが…。

——今回の制度改訂で,発明の対価に関する訴訟リスクはなくなるか。

岡氏 ここまで手順を踏めば,訴訟など法的な問題は起きないのでは,と考えている。もちろん,2005年以前の過去の特許という火種はあるが。やはり一番重要なのは「技術者の要望や不満をどれだけヒアリングできるか」という運用上の問題だろう。ヒアリングの結果を基に,3年に1回くらいは制度を見直すことも検討している。今回の特許法の改正は,従業員とのコミュニケーションを良くするいいきっかけになった。

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