PHSサービスの撤退,あるいは縮小が相次いでいる。NTTドコモは,PHSサービスから撤退するという2005年2月17日の一部報道に対し「PHSサービス撤収などの発表は一切していないし,現時点では何も決めていない」と,この報道を否定した。しかし,同社はPHSの各種の付加サービスを次々に終了させている。例えば,2005年2月28日付けで,PHSの文字メッセージ通信サービス「きゃらメール」を終了させる。PHS端末を通して動画などのコンテンツを利用する「M-Stage」サービスも2005年6月30日付けで終了させる。

 「アステル東京」のブランドで首都圏を中心にPHSサービスを提供していたYOZANは2005年2月10日,同サービスからの撤収方針を正式発表した(Tech-On!の関連記事)。高速無線通信規格の「WiMAX」を使う移動体通信サービスと入れ替わりに,現行のPHSサービスを2006年前半に終了する。2月15日には2005年3月31日付けでアステル東京のインターネット・サービス「ドットi」のメールやWeb閲覧サービスなどを終了すると発表するなど,本格的に「店じまい」に向かって進みだした。

 YOZANの代表取締役社長 高取 直氏は「日経エレクトロニクス」誌のインタビューに応じ,PHSサービスを終了させる理由を語った。(聞き手は野澤 哲生)

——アステル東京は,2002年8月にYOZANが電力系の東京通信ネットワーク(現在はパワードコムに統合)から事業譲渡を受けたサービス。その後の営業実績を教えてほしい。

高取氏 今の契約数は8万。15万契約が損益分岐点であるため,赤字を垂れ流している状況だ。およそ年50億円の赤字となっている。約2年半の累計では100億円超のマイナスだ。今となってはこの損失を1日でも早く止めることが至上命題になっている。新サービスへの移行にもコストがかかるが,このまま赤字を続けるよりずっと安い。

——PHSの何が悪かったのか。

高取氏 当社は2002年にそれまでのLSI設計事業から通信事業に業種転換した。その時に目指したのは,高速データ通信が可能な移動体通信サービスだ。当初は,第3世代移動体通信システム(3G)を手掛けたかったが,インフラのコストが非常に高い。それでPHSを選んだ。しかし,PHSは出力が小さく,セル半径(1基地局のカバー・エリア)が小さい。それ以上に致命的だったのは,有線のバックボーン・ネットワークにISDNを使っていることだ。ISDNはデータ伝送速度が1回線で64kビット/秒止まり。それでいて基本料金も従量料金も非常に高い。現時点で当社のアクティブなPHS基地局は4万2000台。東京23区内に限っても,2万2000台ある。これを接続するISDNの利用料金は莫大になる。

 PHSは,一定の地域内での公衆電話や固定通信の無線版というサービスとしてはそれなりの役割を果たしていた。しかし,5GHz帯が屋外の無線LANサービスに利用可能になるなどの電波の規制緩和が進み,WiMAXのような低コストで広帯域な無線通信を実現する技術が登場した今となっては,PHSの値打ちはゼロだ。PHSではもうどうやっても絶対に勝ち目がない。PHSは終わった,と断言できる。

——3年前に事業譲渡を受けたこと自体の是非が問われないか?

高取氏 それは違う。我々はPHSのインフラを新サービスに生かせるからだ。まったくゼロから移動体通信サービスを始めるのはジャングルの開墾に似ている。無線基地局の設置には,基地局ごとに国土交通省の「道路専有許可」が必要になる。次に地権者と交渉しなければならない。これらの手続きには大変な時間と労力,費用がかかる。これに対して,PHSのインフラは区画整理が終わって電気や水道が引かれた古い工場のようなもの。水道(ISDN)は管が細くて,工場(基地局)の生産性も悪い。しかし,ISDNを光ファイバにして,基地局をWiMAXなどに取り替えるだけで最新鋭の設備を備えた工場によみがえる。

 以前やりたかった3Gのインフラを整えるには,数千億円~1兆円もかかる。これに対して我々が提供する新サービスへの設備投資はわずか40億円ほど。PHS事業の累積赤字を計算に入れても,3Gにかかる設備投資よりはるかに安い。新サービスのためのインフラ・コストだと思えば,PHS事業は非常に良い買い物だったと考えている。