京都大学 化学研究所 小松 紘一研究室 大学院 博士課程の村田 理尚氏らは,フラーレンC60カプセルを開頭し,1個の水素分子(H2)を詰め込み,縫合する分子手術(molecular surgery)に世界で初めて成功した。村田氏らは2003年,H2を詰め込むところまでは成功していた(関連記事)。今回は縫合することができた(図1)。基礎的な科学,実用的な応用の両面で注目に値する成果と言える。

 C60の縫合は,次の4段階のステップで行った(図2)。

1)硫黄(S)を酸化してSOにする
2)SOを気体として除去する
3)開口部にある二つのカルボニル基(C=O)をカップリングさせ,開口部を縮小する
4)開口部にある不要なベンゼン環やピリジン環を熱により除去する

 1)~4)を通じ,C60の約22%にH2を1個ずつ閉じ込めることができた。H2を内包したC60の分子式は,H2@C60で示される。

 H2@C60には,これまでの物質に無い様々な特徴がある。すなわち,この新物質は炭素(C)と水素(H)からなるものの,C60とH2は独立に存在し,CとHは共有結合していない。従って,いわゆる炭化水素化合物ではない。H2だけに注目すると,C60に内包されたH2は1個だけなので,物質の三態である固体,液体,気体のいずれでもない4番目の状態と言える。

 応用面では,例えば従来より臨界温度の高い高温超電導体を合成できる可能性がある。1991年に米AT&T Bell研究所(現Lucent Technologies Bell研)の研究者がC60にアルカリ金属をドープして新しい高温超電導体を合成した。アルカリ金属はC60の外側にある。C60の代わりにH2@C60を用いれば,臨界温度が上昇すると期待されている。

 H2@C60のように,C60内部に他の物質が入った分子は専門家の間で「内包フラーレン」と呼ばれている。これまでもガドリニウム(Gd)などの金属原子やヘリウム(He)などの希ガス原子を入れた内包フラーレンは合成されているが,従来はC60をアーク放電などで合成する段階で他の物質が0.1%以下の確率で内包された。今回は,すでに出来上がっているC60を切り開いてH2を詰め込み,丁寧に縫合する技術を開発できたことで,内包フラーレンの大量合成に道を開いた。C60とH2の組み合わせ以外に,母体はC70など他のフラーレン,内包させる物質は重水素分子(D2),トリチウム分子(T2),ヘリウムやネオンなどの希ガスなどとの,様々な組み合わせが考えられる。

 村田氏らは今回の成果について,概要を2005年1月8日にフラーレン・ナノチューブ研究会第28回総合シンポジウムで発表。会場から,「おめでとうございます」という声まで上がった。詳しい内容は,米「Science」誌の2005年1月14日号に掲載された。(黒川 卓)

【図1】開いたC60を完全に縫合することができた
【図1】開いたC60を完全に縫合することができた

【図2】H2を内包させた後は,四つのステップで開口部を縫合する
【図2】H2を内包させた後は,四つのステップで開口部を縫合する