東京工業大学原子炉工学研究所助教授の尾上順氏,独立行政法人 物質・材料研究機構(NIMS)ナノマテリアル研究所(http://www.nims.go.jp/nml/)ナノ電気計測グループのアソシエートディレクターである中山知信氏らの研究グループは,フラーレンC60分子の重合体(図1)の導電性を直接計測することに,世界で初めて成功した。この重合体は,C60分子に電子線を照射して重合させた薄膜。その抵抗率は,室温,大気中で1~10Ωcm程度と,C60分子性結晶の抵抗率に比べて少なくとも8桁以上も小さいことが確認された。計測には,NIMSの中山氏,ナノマテリアル研究所長である青野正和氏らの研究グループが独自に開発した「多探針走査トンネル顕微鏡(MP-STM)」を使い,薄膜の抵抗計測で一般的な4探針法を適用した。

 東工大とNIMSの研究グループは今後,電子線リソグラフィーなどによってC60分子重合体のナノスケールの構造を構築するプロセス技術を開発する計画。「既存の半導体製造で使われているフォトリソグラフィーでパターニングしてC60を並べた後,電子線を照射するといった方法で,量産性やコスト面で実用的な製造プロセスを構築できると考えている」(尾上氏)。ナノスケールの配線や電極の形成,量子デバイスの構築などを実現するうえで,有用な技術となることが期待される。

 計測に使用したC60分子重合体薄膜は,厚さ70nmのC60分子薄膜に,超高真空中で電子線を20時間照射して重合させたもの。このシート抵抗および電流-電圧特性を,室温,大気中で計測した(図2)。この計測では,シート抵抗1MΩが,抵抗率7Ωcmに相当する。

 これまで,C60分子性結晶にカリウム(K),ナトリウム(Na),セシウム(Cs),ルビジウム(Rb)などのアルカリ金属をドーピングすることで導電性を持たせる研究例はあったが,ドーピングせずに,重合させることで,炭素原子のみで構成されたナノ構造体で導電性を確認できたのは世界で初めて。しかも,分子数100個分程度までの厚みの薄膜や,同程度の幅のナノワイヤといったナノ構造体で確認できたことから,ナノ配線などへの実現に向けて大きく前進することになりそうだ。

 また,同グループは,紫外光から可視光の領域の光を照射することで,半導体的なC60重合体の薄膜を形成し,その電気伝導特性の計測にも成功し,理論的予測と一致することも確認している。(日経ナノテクノロジー 桜井敬三)

【図1】電子線照射で重合したC60分子の2量体C120のモデル図
【図1】電子線照射で重合したC60分子の2量体C120のモデル図

【図2】厚さ70nmのC60分子重合体薄膜のシート抵抗(青)と電流-電圧特性(赤)。左上の写真は,4本の探針を使って計測している様子で,探針間距離は35μm
【図2】厚さ70nmのC60分子重合体薄膜のシート抵抗(青)と電流-電圧特性(赤)。左上の写真は,4本の探針を使って計測している様子で,探針間距離は35μm