東京大学名誉教授で超電導の理論物理学者として世界的に高名な上村洸氏は、「ナノスケールでの量子力学は理解しやすい。そのため、これまで敬遠された量子力学に興味を持つ学部学生が増えてきた。いい傾向だ。この機会に、多くの学生や研究者に対して量子力学の理解を深めてもらうための活動に本腰を入れることにした。日本の理系教育は応用重視のため発想力の豊かな研究者が育ちにくい。科学の本質を理解することは、日本から新しい産業の種が生み出されるきっかけともなる」と本誌に述べた。「詳しくはまだ言えないが、来年から年1回、山間部に合宿してナノサイエンス量子力学について学びディスカッションする道場を開校する予定だ。現在、大手の電気メーカーや材料メーカーと具体的な方法を相談している」(同氏)という。早ければ11月初めには内容が明らかにされる。

 半導体の微細加工技術の進歩によって電子回路のパターンはナノスケールに達した。また、微細加工とは反対に原子から自己組織化によってナノスケールの量子井戸や量子細線を形成することができるようになった。これによって、電子の波動性を利用する量子エレクトロニクスの実現性がみえてきた。ところが一般には、「難解な量子力学を必要とする量子エレクトロニクスにはとても付いて行けそうにない」と思われがちである。これに対して上村氏は、「従来の電子デバイスの中には数多くの電子が共存したため、電子間の相互作用などによってブリリアンゾーンの形状は複雑になり実験結果の解釈と理論の構築が難しかった。それに対し、1個の電子を取り扱う量子エレクトロニクスむしろシンプル」と話す。

 上村氏は今年4月から東京理科大学理学部で嘱託教授を務めているが、従来は東大でも東京理科大でも量子力学は大学院生が学ぶものだったのに対し、「最近では4年生以下の学部学生が量子力学に興味を持ち、自分から教科書を持って頻繁に教授室に質問に来るようになった。学生と教授のコミュニケーションはアメリカではこれまでも盛んだったが、ナノサイエンスという仲立ちによって日本でもこの傾向がでてきたことは喜ばしい」(同氏)という。

 なお上村氏は、開校予定のナノサイエンス量子力学の道場では、毎回、「カーボンナノチューブ」などテーマを決めて実施する考えである。