イノベーションの設計図の詳細に入る前に、今回と次回で2つの大切な前提について共通認識を得たい。「イノベーションとは何か」(今回)についてと、「イノベーションにおけるマネジメント」(次回)について、である。

イノベーション≠技術革新

 最近は少し変わりつつあるが、これまでイノベーションに対しては技術革新という日本語が充てられてきた。「イノベーション(技術革新)」という表現も多く使われてきたため、イノベーション=技術革新という思い込みが私たちの中に染み込んでいる。しかし、この思い込みは日本特有のもので、少なくとも欧米では、イノベーション=技術革新という考え方を採っていない。

 「重箱の隅を突っつくような話をするな」と思われるかもしれないが、決してそんなつもりはない。イノベーションの定義をはっきりさせることは、実際にイノベーションに挑戦したり、それに挑戦する部下を支援したりする際に不可欠となるからだ。

 技術ジャーナリストの西村吉雄氏*1は著書『電子立国は、なぜ凋落したか』の中で、興味深い指摘をしている1)。同書は、日本の電子産業凋落の原因として、[1]半導体の急激な価格低下、[2]価値の中心のハードウエアからソフトウエアへの移行、[3]デジタル化、[4]インターネットの急速な普及、といった劇的な変化にうまく対応できなかったことがあると指摘している。そして、これら劇的な変化に対応できなかった大きな理由の1つとして、「イノベーションを研究と混同した」ことを挙げる。

*1 西村吉雄 1942年生まれ。1971年に東京工業大学大学院博士課程修了。同年に日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。1979~1990年に『日経エレクトロニクス』の編集長。その後編集委員などを経て、東京大学大学院工学系研究科教授や東京工業大学監事、早稲田大学大学院政治学研究科客員教授などを務める。現在はフリーランスの技術ジャーナリスト。

 日本の半導体産業が世界一の競争力を誇っていた1980年代後半の日本企業の機運も紹介されている。「キャッチアップは終わった、さあ、これからは基礎研究だ」、「研究から手を抜くようになっては、欧米の一流企業もおしまいだね。これからは日本の時代だよ」といった日本企業の技術者のコメントだ。

 しかし結果を見れば、残念ながら日本企業の基礎研究の成果、すなわち技術革新は競争力の強化にはつながらなかった。米Apple社や米Google社、あるいはEMS(電子機器受託生産サービス)世界最大手である台湾の鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry、通称Foxconn)を見れば分かるように、イノベーションは技術革新とは別の領域で起きたのである。