脳の動作を再現するシステムの研究開発が世界中で活発になっている。脳の仕組みを利用することで、さまざまな産業応用が見込めるためだ。日本でも、独自の取り組みがスタートした。脳全体の動作原理を解明することで、人の知性に近い人工知能の実現につなげる動きである。いわゆるディープラーニングを用いたニューラルネットなどと比べて、より汎用性の高いシステムの実現につながる可能性があるという。この活動の中心人物の1人である産業技術総合研究所の一杉氏に、構想の全体像を解説してもらう。(本誌)

(写真:Getty Images)

 我々は、人間の脳の基本的な動作原理の解明を目指している。我々が提案するモデルは、脳の動作を的確に説明できる、有望な候補と考えている。このモデルの完成度を高め、コンピューターによる大規模なシミュレーションなどを実施していくことで、脳の動作原理の解明に近づけるはずである。

 我々の狙いは、汎用の人工知能(AI)を創り上げることにある。そのためには、人の脳に学ぶのが一番の近道だと考えた。脳が実行する情報処理は、欠点はあるものの正しく動くことが実証済みの「枯れた技術」といえるからだ。

 現時点でも、脳の動作原理さえ分かれば、実質的に脳と同じものを人工的に構築できると考えている。脳全体の動作は、現在のスーパーコンピューターで十分シミュレーション可能な規模と見積もっているためだ注1)。この仮定が正しければ、半導体の集積度の向上や脳モデルの最適化が進むことで、10年以内には安価な製品に組み込めるコンピューターで人間に近い知能を実現できても不思議はない。

注1)脳の中でも人間の知能に最も深く関係する器官といえる大脳皮質の動作の再現だけなら、恐らく1PFLOPS程度の処理性能があれば足りるだろう。10PFLOPSの理化学研究所のスパコン「京」の1/10の水準である。仮に、人の大脳皮質のニューロンをおよそ100億個、1個のニューロンあたりのシナプスを1000個とする。シナプス当たりの演算数が毎秒100回とすれば、1PFLOPSでリアルタイムにシミュレーションできることになる。記憶量はシナプス1つを1バイトとすれば10Tバイトである。この見積もりの誤差は±2桁くらいはありそうで、脳全体の計算量は大脳皮質のみに比べて最大1桁は大きいだろうが、脳全体の機能の再現は計算量的に十分手が届く範囲にあると言える。

 こうした将来をいち早く実現するには、多くの研究者の努力が不可欠である。我々は、国内の研究者が協力して脳機能の解明に取り組むために、「全脳アーキテクチャ勉強会」と呼ぶインフォーマルな勉強会を立ち上げた。本稿を読んで興味を持った研究者の方々は、ぜひ参加していただきたい。