今号の特集「ヒトより見える眼、クルマから広がる」で取り上げたのは、赤外線カメラの進化です。人には不可視の光景を描き出すカメラが安価になれば、多彩な応用が可能になります。

 夜走る自動車の安全を確保する「ナイトビジョン」を皮切りに、繁華街の監視やインフラの保全、果ては美容や健康管理まで。電子技術者の発想次第で、かつてない機器やサービスも誕生するはずです。ぜひ読者の方々も、「ヒトより見える眼」が自身の専門分野にもたらす変化に想像を巡らせてみて下さい。

 言わずもがなの話をわざわざ書いたのは、世の中には使い道が判然としないまま積み上がる研究成果があるからです。しかも、巨額の国費を注ぎ込んだにもかかわらず。元・日経エレクトロニクス編集長の西村吉雄氏が日本の電子産業凋落の原因を探る記事の第2弾「イノベーションに背を向け続けた研究開発」は、これまでの国や企業の研究開発体制にメスを入れます。とりわけ衝撃的なのはp.77に掲載した図です。国家の研究開発プロジェクトをやればやるほど、日本の半導体産業の力は衰えていったのです。

 この原因を、西村氏は「企業家」の不在に見ます。研究開発活動は、いわば「未来の価値体系」を先取りする行為。これによって利潤を生む潜在能力は高まりますが、市場に「媒介」する営為を伴わなければ現実の価値は生まれません。つまり「未来を見る」だけではダメで、自ら汗をかきリスクを取って、未来像を現実に置き換えていく人間が必要なのです。それこそが「企業家」(entrepreneur)であり、研究ばかりにかまけ、企業家の発掘や育成を怠った国や業界を西村氏は糾弾します。

 企業も無自覚ではありません。インタビューに登場いただいたシャープの水嶋副社長は、要素技術の研究者に最終製品をイメージさせることの重要性を説きます。同社では新技術の開発に着手して半年ほどで、それを使った製品の仮想的なカタログを描いてもらうそうです。製品化に向けた長い道のりは「見える化」から始まるわけです。

 もっとも「見える化」がゴールの分野もあります。解説「見切り発車の4K放送、画質は2K並みの例も」では、4K放送の開始を大幅に前倒しした結果、課題が山積する現状を取材しました。事実上、4Kの画質では見られない場合もあるとか。綺麗な映像を前にしたときくらい、世の憂さから解放されたいものです。