伊藤 洋氏●東京大学特任研究員、元ホンダエンジニアリング取締役

 日本の製造業のこの10年を総括すると、「マニュアル化」の時代だったと言える。品質管理から設計、生産、環境負荷軽減策まで、あらゆる分野でマニュアルを作成して日本メーカーは業務を進めてきた。これにより、一定水準以上の品質の製品を、安定的に効率良く造ることができるようになった。

 だが、今、世界の顧客、特に今後大きな成長が期待できる新興国の顧客が「本当に欲しい」と思える製品を、どれだけの日本メーカーが造れているだろうか。

 私はホンダエンジニアリング(入社したのはホンダ、以下ホンダで統一)を2001年に退職して以来、インドやパキスタンで技術指導を行ったり、自動車分野の研究を進めたりしてきた。両国の市場とも、デジタル製品や家電製品で目に付くのは、Samsung Electronics社やLG Electronics社といった韓国メーカーの製品だ。日本メーカーの製品を研究し、多機能を捨てつつ顧客が望む機能を確実に取り込む。そして、両国の一般の人々が買える、手頃な価格で販売していることが韓国メーカーの製品が売れている理由だ。

 これに対し、両国の市場における日本メーカーの製品の評価は、「品質や機能は優れている。でも、買わない」という残念なものだ。その結果、せっかくの成長市場から撤退してしまう日本メーカーも出てきている。

 この原因の1つこそ、マニュアル化にあるのではないか。マニュアル化で効率を高めた半面、日本メーカーは新しいものを考える力を弱めてしまった。その結果、日本や欧米市場とは勝手が異なる新興国市場において、売れる製品を造れなかったのではないだろうか。