神の技術か、悪魔の技術か。本号の特集記事「生物エレクトロニクスの誕生」の執筆担当者と話していて、何度かこの疑問に行き当たりました。記事にある通り、生物に学んだ知見を電子機器に応用する動きは、形状や構造の模倣から一歩進み、制御やセンシング、エネルギーなどの分野に進みつつあります。中には、実際の生体を利用した「昆虫サイボーグ」と言えそうな存在まで登場。こうした事例を見るたびに、一種の畏れの念が心の奥底から沸き上がってくるのです。

 ここまで研究が進んできた背景には、生物を模倣する技術の高度化があります。コンピューター上のシミュレーション一つをとっても、今や昆虫の神経回路の動作を再現できるほど。日常生活でも、電子機器の「模倣」ぶりは驚くばかりです。iPhone向けの「Siri」など、スマートフォンの音声対話アプリをついついからかいたくなるのは、それだけ人に近づいた証拠でしょう。パソコンで文書を作成していると時折現れるイルカのアニメーションのお節介な言動に閉口していた頃とは隔世の感があります。

 生物エレクトロニクスに対する驚異、あるいは脅威の念は、こうした技術の発展が、ほぼ確実に人間を含む生命のありようを変えてしまう将来が見えるからでしょう。人間の脳の動きがそのままコンピューター上で再現され、さらに進んで人の思考プロセスそのものを改変できる日が訪れることは想像に難くありません。生物界の頂点に立つ存在が人間だとしたら、それを超える生き物を生み出す所業に、神や悪魔の影を感じるのは無理もないことです。

 好むと好まざるとにかかわらず、この動きは止められません。そもそも工学の目的は、思い通りにならない自然を人の制御下に置くことにあり、自然の中でもとりわけ扱いが困難な対象が生命であるからです。その意味で生物エレクトロニクスは、工学の進化の最前線に位置すると言えそうです。今後も本誌はこの分野に注目していきます。

 生物どころか世界そのものを意のままに変えようとする技術が仮想現実感(VR)です。コンピューターが生成する3次元空間をヘッドマウントディスプレー(HMD)を通して表示します。Game Developers Conferenceの記事を作成中に、VRゲーム用のHMDを開発するベンチャー企業、Oculus VR社を、米Facebook社が20億米ドルで買収するとのニュースが飛び込んできました。Facebook社はゲームに限らず通信や教育といった応用を視野に入れているとのこと。神にも比肩する技術に魅せられているのは我々だけではないようです。