短距離通信の登場で個人向けに普及

 まず,ワイヤレス通信の歴史を,通信距離の観点で一気に見てみよう(図1)。この図を見ると,20世紀初頭から1960年代の衛星通信の時代まで,距離が長ければ長いほど,ワイヤレス通信の価値が高かったことが分かる。衛星による国際電話やテレビ放送のための国際中継は,世界は一つであると人々に思わせた注1)

注1)当時,情報を発するものは人間のみであり,コンピュータのような情報機器はなかった。人間が情報を伝えたければ,有線電話を利用したり,近づいて話し合ったりすればばよかった。

図1 ワイヤレス技術の100年<br>衛星通信までは通信距離が長いことに価値があった。携帯電話で短距離ワイヤレス通信の流れができ,ワイヤレス通信端末が広く普及した。無線LANによって,家電のような“コンシューマ通信”が登場,市場の競争条件が変わった。
図1 ワイヤレス技術の100年
衛星通信までは通信距離が長いことに価値があった。携帯電話で短距離ワイヤレス通信の流れができ,ワイヤレス通信端末が広く普及した。無線LANによって,家電のような“コンシューマ通信”が登場,市場の競争条件が変わった。
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 現在の短距離ワイヤレス通信の時代を開拓したのは,携帯電話(セルラー通信)である。電話の概念を拡張し,爆発的に世界中に広がった。同時に,携帯電話は一般の人にワイヤレス通信端末を持たせた。この功績は大きい。ワイヤレス通信は特殊なものではなくなったのである。

 セルラー通信は,その後文字や画像のためのデータ通信の機能を持つようになり,“電話”から脱皮した。今後,ますますデータ通信を強化する道を歩もうとしている。どこにいても高速なデータ通信サービスが受けられるようになる。

 短距離ワイヤレス通信の別の流れは,無線LANによって築かれた。1985年に登場してからしばらく普及しなかったが,1990年代後半の標準化によって量産され爆発的に広がった。電話の機能を持たないデータ通信だけの機能は,余分なものを排除して成功したインターネットにも似ている。

 無線LANは,単に通信距離が100m以下の短距離ワイヤレス通信の世界を築いただけではない。それまでの,国や通信事業者が管理するワイヤレスの世界を,利用者が管理する世界,いわば家電のような世界に広げたのである。さらに数kmのエリアを目指した無線MAN(metropolitan area network)や,数mから数十mという狭いエリアで通信する無線PAN(personal area network),物自体が情報を発するユビキタス通信の流れもつくり出している。

 有線ネットワークが電話網とインターネットに分類できるのと同じように,ワイヤレス・ネットワークも携帯電話系(セルラー通信系)と無線LAN系に分類できる。今後,その垣根はどんどん低くなるであろう。

 以下では,このようなワイヤレス通信の流れを詳しく解説する。

“広帯域”の通信から出発

図2 Marconi氏と火花放電無線機
図2 Marconi氏と火花放電無線機
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 無線通信技術は,イタリア人技士Guglielmo Marconiグリエルモ マルコーニ氏の火花放電無線機の開発から始まる(図2)。Marconi氏は,1901年に大西洋を横断した電磁波によるワイヤレス通信で成功を収めた。電磁波は,火花放電で発振させて作った。当時は,真空管やトランジスタのような信号増幅デバイスがなかったからである。

 火花放電の周波数帯域は長波から中波まで広く,それをフィルタで,ある程度,帯域制限して送る。今日のようにスペクトルを自由に設計できず,単一の線スペクトルを発振できないから広帯域の信号を利用したにすぎないが,ある意味でブロードバンド通信がなされていたといえる。広帯域から出発し,狭帯域になり,最近のように再び広帯域に戻っているのは歴史の面白さを感じる。