【前回より続く】

仕事力を強化するために

 組織の運営は,運営を任された人の仕事力に大きく影響されます。冒頭で取り上げたプロジェクト・マネジメント事例のように,プロジェクト・マネジャーの判断力や行動次第ではプロジェクトが失敗することもあり得ます。プロジェクト組織は,限られた条件の中で最大の効果(仕事力)を発揮することが求められています。一つひとつのプロジェクトが,経営的な視点から成果を要求されます。

 また,仕事力を強化するためには,多くの知識やスキルを必要とします。仕事力とは何かについて,図2に示します。仕事力を端的に表現すると,“期待値に対して発揮できる能力”ということになります。もう少し説明を加えると,実績を生み出す実力ともいえます。実力の有無の判定は主観的な自己評価だけではなく,客観的な他人の評価との相対関係で決まります。とりわけ多くの経験を積んだ人には,より重要な仕事や難易度の高い仕事での活躍が期待されます。組織のリーダーやマネジャーについていえば,大幅に責任範囲が広がることになります。

図2 仕事力の概念
期待値(期待度)に対して発揮できる能力が,その人の仕事力になる。
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 リーダーやマネジャーに任命されることは,その人の仕事力が高いという評価に他なりません。組織では,誰もがいきなりリーダーやマネジャーに任命されることはなく,それまでの努力や実績が評価されて可能性があると判断された結果です。もちろん,リーダーやマネジャーになった人が,すぐに額面取りに能力を発揮できないこともありますが,その人の将来性も見通しての期待が込められた上で任命されています。

 電子技術者も,専門職としてさまざまな仕事を経験する中で,より期待値の高い仕事力を身に付けていきます。リーダーやマネジャーの仕事も,組織の大きさや立場によって変化します。他の人が立てた計画の実行をマネジメントする仕事もあります。この他,企業組織の企画や戦略に関わる部門のマネジメント,さらには企業組織の経営全体の意思決定に関わるマネジメントなどもあります。

情報を共有して共感し合う

 これらのマネジメントで重要なのは,それぞれの場面で組織に参加するさまざまな価値観を持ったメンバーに対して,具体的に何をすればいいのか,その目的と目標を明確に伝えて情報を共有し,共感し合えるようなコミュニケーション力です。仕事力は,各人の仕事への取り組み方,心構えの在り方によって高まっていきます。

 誰もが持つ人間の基本的な価値観として,他人から自分の存在を認められているということがあります。どの組織においても,他人から高い評価を得ることが自分自身の存在証明になるわけです。人間は“帰属する集団”の中で,より高い能力を発揮し,組織の期待に応えたいという欲求を持っているといわれています(いわゆる「マズローの五段階欲求説」です)。

 仕事力を強化する方法として,社会経験の少ない段階では,上位者や周囲からの意識付けによってモチベーションを高めることもあります。これに対して,経験豊富なベテランの領域にいる人は,他人からの働き掛けに依拠するだけでなく,自らの成長目標を持ち,常に自分自身でモチベーションを高めることが大切な要素です。

 仕事力を構成する主要な要素は第5回でも取り上げましたが,ここではまとめとして詳細項目を追記します。基本要素を,1.仕事への心構え1),2.人間関係のスキル,3.仕事のスキル,の三つに分けて1次項目とします(図3)。2次項目では1次項目を九つに分類し,3次項目ではさらに30の具体的なスキルに分類しています。この仕事力の基になる30の項目について,現状での強みや弱みを自己チェックしてみてください。今後の自己啓発に役立つと思います。

1) プ ロジェクトマネジメント学会 人材育成研究会,『プロジェクトマネジャー・リファレンスブック』,日刊工業新聞社,2009年4月.

図3 仕事力の構造
三つの大項目,九つの中項目,30の小項目で構成される。
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最後に

 では,本連載のまとめとして,企業組織の活動を好循環させるには個々人の仕事力の拡大と強化が不可欠な課題であることを再確認しましょう。

 企業活動の基本的な目的と目標は,前述したように,① 商品・サービスという付加価値を顧客に提供して代価を得ること,② 成果を生み出すために行動すること,の二つです。この目的と目標を達成するために① 戦略,② 資源(資本,人,情報),③ 組織,の三つの要素があります。これらの要素には,すべて人が介在しています。つまり,戦略を策定して資源を確保し,そして組織を構築してマネジメントするという一連の行為は,すべて人が行うのです。これが,先人がいう“企業は人なり”や“組織は人なり”の由縁です。

 組織の運営を好循環させるためには,組織に属するメンバーの人間関係が極めて重要な要素になります。その中核にあるのは,ものごとの見方や考え方,仕事に対する心構えであり,コミュニケーションの在り方です。個々人がそれぞれに,仕事とは何か,仕事力とは何か,自分は何をすべきかを考えて行動し,経験を深める中で段階的に能力を高めて発揮することが,組織の活動に良い結果をもたらします。

 電子技術者にとって専門領域の技術スキルを高めることも極めて重要な課題ですが,併せて,人間関係力も高めることが,より大きな力となり,仕事力の強化につながるといえるでしょう。

─終わり─