【前回より続く】

例えば,新商品を開発する場合はプロジェクト組織を立ち上げることが一般的ですが,プロジェクト組織でも定常的な組織でもメンバーに求められる基本的な能力は同じです。いかなる組織も人によって構成されており,これまで述べてきたように,ものの見方や考え方,価値観と視座,コミュニケーションなどが大切な要素であることに変わりはありません。最終回となる今回は,これらの要素を再確認しながら組織運営の在り方について考えます。

 Nさんは,新商品開発のプロジェクト・マネジャーに任命されました。それまでも幾つものプロジェクトのチーム・リーダーとして活躍し,上司からも信頼されています。Nさんが数十人という比較的大きなプロジェクト・チームのマネジャーを担当することは,今回が初めてです。プロジェクト運営に若干の不安もありましたが,中核としてベテラン技術者を確保できたこともあって持ち前のリーダーシップを発揮し,プロジェクトは計画の立案から実際の開発フェーズへと順調に進捗していました。

 ところが,ある日,開発チーム・リーダーのEさんが急病のためにプロジェクトから離脱せざるを得ない状況になりました。Nさんは会議を急遽開き,対策の検討に入ります。Eさんの復帰は当分無理だろうとの判断で,代理のリーダーを選ぼうとしました。でも,適切な人材が見当たらず,どうすればいいか解決策を見いだせません。そこで,幾つかの代替案を考え,その中から最適なものを選択することにしました。

 以下に,Nさんが出した四つの案を記します。プロジェクトの成功に向けてどの案が最適であるか,考えてみましょう。

A案:チーム・リーダーであるEさんの代理として適切な人材がいないため,取りあえず空席にしておき,他のチーム・リーダーで比較的ゆとりのある人を兼務にする。

B案:Nさん自身にEさんの担当している開発業務の経験があるので,プロジェクト・マネジャー職と兼務で開発チームのリーダーを担当する。

C案:経験やスキル上で多少不安はあるが,Eさんのチームのサブ・リーダーにリーダーを代行させる。

D案:Nさんの上位組織のマネジャーやプロジェクト支援組織(PMO:project management office)に相談・報告し,他部門を含めて組織として適切な対策を図れるように働き掛ける。

 プロジェクトが実際に進捗する中では,上記の例はプロジェクトの大小にかかわらず典型的な問題といえます。このような問題は携わる人数が多くなればなるほど,プロジェクトの規模が大きくなればなるほど,発生する可能性が高くなります。問題が発生したときに組織のリーダーがどのように判断して行動するかは,リーダーの仕事力の優劣に関わってきます。問題の内容によって対応や対策は若干異なりますが,基本的にやるべきことに大きな違いはありません。

重要なのはコミュニケーション

 では,この問題例に対してNさんが考えた四つの案の適合性を考えてみましょう。

 A案は,現実にはよく見掛ける対策です。適切な人材の確保はそう簡単ではないことを認識しているようです。“ないものねだり”せず,プロジェクト組織内で事を収めようという気持ちが強く働いています。よく言えば,現状を正しく理解しているわけです。しかし,実際にはメンバーの状況把握や細やかなコミュニケーションが不足しがちになり,問題が内在化するリスク要因になります。

 B案も,対策案の例としてよくありますが,プロジェクト全体を見渡すリーダー(プロジェクト・マネジャー)が部分的な実務に時間を取られてしまい,全体の方向性を見ようとする機能が低下してしまいます。従って,結局はプロジェクト全体のマネジメントに悪影響を及ぼすリスクが高くなります。

 C案にあるように,Eさんの代行としてサブ・リーダーを任命することは,緊急事態としては適切です。サブ・リーダーを次のリーダー候補として育成するという視点からも,大きな意味を持ちます。ただし,リーダーとしてのそれまでの経験や不足している能力・スキルを勘案し,組織としてフォロー体制を明示しておくことが重要です。新しいリーダーの責任感の旺盛なところは大いに評価すべき点ですが,往々にして,過剰な責任感ゆえに問題が発生しても必要な情報が伝わってこないことがあります。プロジェクトで後任の人の頑張りには期待するところですが,挫折しないように適切なフォローとコミュニケーションを取ることが必要になります。

 D案のように,Nさんがプロジェクト・マネジャーとして上位組織や支援組織に相談・報告をすることは重要なことで,最適な行動といえます。C案でも触れましたが,プロジェクトで発生した問題のすべてをプロジェクト・マネジャーやリーダーの責任でカバーしきれないこともあります。そこで,プロジェクト・マネジャーには正確な判断が求められます。つまり,問題の本質や大きさ,緊急性,その影響度を判断し,上位者に相談・報告して,組織として最適な対策を打ち出すことが大切なポイントになります。

 この事例で取り上げたNさんに期待されることは,プロジェクト・マネジャーという守備範囲の広い仕事での役割です。今までに経験したプロジェクトとは違って比較的大きなプロジェクトを担当するのはNさんにとって初めてですが,意欲を持って取り組んでいます。

 このような場合,期待に応えようとする責任感の高まりは良いことですが,責任を背負い込み過ぎて判断を誤らないようにすることも大切です。上位者への報告の時期を逸したり,問題の判断を遅らせてしまったりすることがあるかもしれません。このため,上位者への適切な“報・連・相”によって問題認識の共有化を図ることがNさんの役目です。つまりコミュニケーションの在り方が重要になります。コミュニケーションの大切さは,チーム・リーダーとメンバーの間においても同様です。

企業組織の運営とコミュニケーション

 個人の仕事力は実務経験を重ねるにつれて強化され,その人に対する期待も大きくなります。企業の活動では,こうした人材によって組織を運営することで,成果を生み出しています。

 企業組織の究極の目的は,① 商品やサービス(無形の商品)という付加価値を顧客に提供して代価を得ること,② これらの成果を生み出すために行動すること,です。企業が目的と目標達成に向けて活動することを経営といいます。企業が成果を生み出すには,魅力的な商品やサービスを作り出すことと,その商品やサービスを効果的かつ効率的に提供することが求められます。

 この二つの基本要素を実現するための思考と行動が仕事といえます。仕事はプロジェクト組織においても定常組織においても,組織を構成する人を動かすことによってその目的と目標を達成することが可能となります。

 組織の構成と共に,全体的な視点からの戦略や計画,関連する仕組み,ルールなどを作ることも重要です。モノづくりでは設計や製造などの仕事のほか,営業部門やサービス部門などが行う顧客との直接的な活動を支える仕事もあります。

 そして,それぞれの仕事は多くの関係者によって成り立っています。プロジェクト組織では,プロジェクト活動の実行者として直接携わるプロジェクト・マネジャーやリーダー,メンバー,プロジェクトを企画した関係者,投資の意思決定者,プロジェクトを支援する間接部門であるPMOなど,多くの部門や人が関係します。

 いつも同じ仕事環境で,比較的少人数で気心の知れたメンバーとの仕事では,形にこだわらずとも目的と目標の共有化を図ることが容易です。しかし,多くの新しいメンバーや関係者が参加する大人数のプロジェクト組織では,コミュニケーションの在り方にも工夫が必要になります。

成功のカギを握るのは…

 少人数・小規模のプロジェクトではうまくいくが,経験したことのない仕事内容で大人数・大規模プロジェクトとなるとにわかに問題が多発し,失敗が多くなるという傾向があります。少人数で気心の知れたチームでは,参加者自体が同じ経験をしており,“言わなくても聞かなくても分かる”という暗黙的なコミュニケーションで成り立っている場合が多いようです。このようなチームでは,プロジェクトの目的と目標に向かって共通の理解と,問題への共通認識,つまりリスクへの理解も形成されているため,問題が発生しても早期に気付き,是正する能力を発揮しやすい環境にあるといえます。

 大人数・大規模のプロジェクト組織では,当然のことながら新しいメンバーや利害関係者が多く参加するので,入念で計画的なコミュニケーションの在り方が不可欠です。失敗したプロジェクトの多くは,コミュニケーションの拙さがその要因になっていることが多くあります。

 目的と目標が不明確なプロジェクト,仕事経験の少ない新メンバー,複雑多岐な組織構造,働く場所を異にする環境。これらは,どれもがプロジェクト組織の運営を阻害する要因です。しかし,すべて整った完璧な条件でプロジェクトをスタートすることは,現実的ではありません。なんらかの阻害要因,言い方を変えれば制約条件の下で実行するのが現実です。従って,プロジェクト組織を目的と目標に向けて円滑に動かすには,ステークホルダーとのコミュニケーションの在り方が極めて重要になります。

 コミュニケーションがうまくいかない背景として,人間にはそれぞれに個性があり,ものの見方や考え方も異なっているということがあります。さらに,経験の有無によっても受け止め方が変わってきます。リーダーやマネジャーは,自分の経験や知識を基準にして相手の受け止める能力を決めつけないことです。

 よくあるコミュニケーション不全の例として,「言った」「聞いていない」から,「言ったはずだ」「そういう意味には聞こえなかった」などと不確かなやりとりになり,お互いに不信感を募らせて信頼を損なうことがあります。この問題の根本には,コミュニケーションが一方的で交わる接点がなく,双方が理解し合えていない,つまりコミュニケーションの意味と,目的・目標を共有化できていないことがあります。伝えただけで,すべてが伝わったと誤解しているのです。意味も目的も目標も理解できていなければ,いい仕事ができるわけもなく,問題が発生するのは当然の結果ともいえます。

仕事力の基礎にあるもの

 本連載の第3回(2010年11月29日号)では視座や視点,価値観について,第4回(2010年12月27日号)ではコミュニケーション・スキルには基礎となるコミュニケーション・スキルと,専門的なコミュニケーション・スキルがあることを取り上げました。そこでは,人への関わり方の基本として,価値観を理解することの重要性について述べました。

 人にはそれぞれ,自分の考え方の基本に価値観があります。価値観は,自分が置かれている立場に大きく影響されます。それぞれの立場から何を大切にし,判断の基準としているのか。そこでの判断基準が,その人の価値観ということになります。第5回(2011年1月24日号)で取り上げた問題解決の在り方においても,問題の全体を見通して問題の大きさや影響度を洞察し,どのように判断するかは,その人の判断基準,つまり,ものの見方や考え方が基礎となっています。

 コミュニケーションは,組織の人間関係を円滑にします。問題が発生した場合にも,コミュニケーションの基礎スキルや専門スキルを適切に行使することによって問題の解決を促進します。仕事の中でのコミュニケーションはそれぞれの状況や場面に応じて行いますが,時には十分なコミュニケーションがなされない場合も発生します。組織を効果的かつ効率的に動かすのは,仕組みや装置ではなく,人間によるコミュニケーション行動です。

 組織活動とコミュニケーションの関係を,図1に示します。組織活動でのコミュニケーションは,組織活動を段階的に取り組む各ステップを着実に進めるために,密に行われます。時間的な制約が強いプロジェクトなどでは,コミュニケーション力を強化する方法として周囲の教訓から学び取ることも大切ですが,最も重要なのは人間関係のスキルについて強い関心を持って取り組むことです。人を動かし,組織を動かすコミュニケーション行動の原点は,他人とのごくささやかな言葉のやりとりから始まります。

図1 組織活動とコミュニケーション
コミュニケーションが必須の業務は,主に八つある。
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