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第12回:交渉をうまくリードする術 相手以上に考え,準備も万全に(下)

久井 信也=ソリューションサービス研究所
2012/01/27 00:00
出典:日経エレクトロニクス、2011年2月21日号 、 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)
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【前回より続く】

交渉行動の拙さで起きる反応

 プロジェクト以外の業務でも問題は日常的に発生し,それを解決するための交渉行動が仕事そのものといえます。このような事態,つまり問題への素早い対応としては,交渉行動(ネゴシエーション行動)の展開が要求されます。多くの問題の場合,組織関係や人間関係が必ず関連しています。個々の組織の価値観や個人の価値観によって利害も異なるため,単純に“こうしろ”という断定的で一方的な意思伝達だけでは問題は解決できません。むしろ,問題を悪化させることにもなります。

 交渉行動の拙さで起きる反応は二つあります。一つは,状況の本質をきちんと理解していないために,反発はしないが,納得や合意もしないという消極的な反応です。このような場合には,決めたことがすぐに実行されないとか,守られないなどの現象が現れます。もう一つは,その問題に対する自分の主張や役割について納得できずに反発し,それが他のチームや関係者も巻き込んだ新たな問題の要因になることがあります。厳しい制約条件の中では,交渉行動の拙さが,プロジェクトの成果に極めて大きな影響を与えるのです。プロジェクトでの失敗の大きな要因としてコミュニケーション力の不足があるといわれていますが,その根底には相手との意思疎通の不足や合意形成の不備,つまり交渉力の拙さが含まれています。

 仕事の場における交渉は,明確な意味や目的があって行われます。先述の交渉事例は,新商品開発プロジェクトを完了するために必要な,開発ベンダーに委託する電子部品の納入時期についての合意が交渉の目的です。交渉に際しては,相手の主張を聞きつつも,プロジェクトの制約条件(品質/コスト/納期)を守ることの重要性を伝えます。そして,交渉課題の解決のために双方にもたらされる影響(利益とリスク)や,双方で何ができるかといった交渉課題の本質を双方で話し合い,解決策を見いだす前向きな姿勢が交渉の基本です。

 ここで,交渉行動の基本をよく理解していないと,交渉相手の交渉テクニックや行動様式の影響を受けてしまいます。主体性がなく委縮してしまう結果,容易に妥協する“言いなり”に陥りやすくなります。また,相手の立場が自分よりも弱いと見透かすと,がぜん強気になって無理な条件で妥協を強いる人もいますが,これでは俗にいう“弱い者いじめ”になり,信頼関係を損ないます。

 いずれにせよ,不適切な交渉で禍根を残すことになり,企業としても大きな損失を被ることになります。図2に,交渉力の重要性をまとめておきます。

図2 交渉力はなぜ大切か
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交渉の準備と進め方

 ここからは,適切な交渉を進めるために,交渉の準備と進め方について解説します。

 交渉の成功は,準備の良しあしによって大きく異なります。十分に準備して臨めばその努力に応じて交渉結果を得ることができますが,準備不足であれば好ましい結果を得ることはできないでしょう。交渉は,大きく六つのプロセスを踏みながら進めます(図3)。最初のステップは,交渉の目的や理由,目標,そして交渉に関係する人や組織,阻害要因,リスクなど①情報を整理し,交渉の進め方を決めるために計画を作成することです。次のステップは,交渉計画に基づいて,②交渉相手と実際に話し合いを行うことです。この話し合いで双方が交渉条件に納得すると,③交渉は合意に到達したと判断できます。ここまでは意見交換による合意です。

図3 交渉は六つのプロセスを踏みながら進める
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 次に,正式な合意とするために,契約書や覚書などを作って合意内容を文書化し,④交渉の成立を明確にして,交渉関係者に告知します。この文書化は交渉行動の重要な押さえどころです。交渉を行い納得したことでも,後になって解釈の違いなどから交渉が無効になることもあり得ます。文書は,こうしたことを起こさないための重要な記録となります。複雑な内容の交渉では,何度かの話し合いを繰り返して合意に達することも多くあります。交渉が成立した後は交渉結果について見直し,④ 交渉行動の良かったことや改善すべきことを整理し,次の交渉への⑥教訓を残すことが重要です。

 以上,交渉のプロセスの中で特に重要なのは,交渉全体を見渡し,進め方を決める計画作成のステップです。これを実行するには,必要な情報を把握することが大前提になります。必要な情報を持たないで交渉がうまくいくことはまれであると認識し,場当り的な交渉にしない強い意識が必要です。

 比較的平易な交渉では,にこやかな表情やきびきびとした態度,社会人/企業人としての礼儀や作法,言葉遣いといった基礎的なコミュニケーション・スキルが大きな力になります。しかし,難易度の高い交渉では,交渉に対するきちんとした知識や交渉に関する技法,業務に関する専門的な知識,論理的な考え方,問題解決の手法など固有の知識やスキルが有効な要素になります。交渉行動での実施事項を表1に,基本スキルと基盤要素の概要を図4に,まとめて示します。

表1 交渉行動での実施事項
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図4 交渉力を高める基本スキルと基盤要素
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交渉でうまくリードするためには

 いろいろな交渉結果を評価すると,特徴的な傾向がそれぞれ見えてきます。幾つかの様式で説明します。例えば,タイプ①:交渉相手に比較して,態度が弱々しく声も小さいというレベルの場合,相手が堂々として声にもメリハリがあると,相手側に有利に進みます。

 態度や話し方などは相手よりも劣る場合でも,交渉相手に比べて,タイプ②:正確で重要な情報を把握していると,有利に交渉を進めることができます。また,タイプ③ :交渉の準備が綿密であり,交渉戦略を持っていると,有利になります。このほか,タイプ④:業務に関する豊富な知識や,論理的に問題を解決する高度なスキルを持っている側が交渉をリードします。さらに,タイプ⑤ :交渉に明確な目的意識と,成功への強い意欲を持つ交渉者が有利な交渉を導きます。

 これらの①~ ⑤の五つのタイプの優劣を考えると,⑤ に近い交渉者ほど交渉をリードすることになります。つまり,タイプ①とタイプ②ではタイプ②が有利に,タイプ②とタイプ③ ではタイプ③ が有利になります。要するに,交渉力の高い側が有利になるのです。なぜ交渉力の強化が重要なのか,その理由はご理解いただけたと思いますが,実際の場面では相手のタイプを見極め,臨機応変の対応が求められます。そのために,交渉力を高めておくことが必要です。

 交渉に強くなることは仕事をうまく進めるためにも大切なことですが,慣れない段階では失敗したくないと結果を考え過ぎてしまい,一歩を踏み出せないことがあります。一方,仕事の中での交渉案件は次々と発生し,迅速な対応が求められます。交渉に自信がないため,あるいはコミュニケーションに自信がないため,できれば他の人に譲りたいという消極的な姿勢ではなかなか交渉経験が積めず,さらに自信が持てなくなります。仕事力を高める方法の一つとして,このような負のスパイラルを自ら脱却することは大切です。

交渉力を強化するための要点

 図5に交渉力強化の要点を示しましたが,詳細な解説を加えます。まず第1に,交渉案件に遭遇した場合は消極的な気持ちを払拭し,せっかくの機会を忌避せず受け止めて臨むという積極的な姿勢が最も大切です。あらゆる交渉機会を活用して先輩や上司が交渉する場に同行させてもらい,他の人の交渉から学ぶことも非常に効果的です。

図5 交渉力を強化するための要点は五つ
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 第2は,準備もせずにただ交渉に臨むだけでは成功する確率は低くなり,交渉力を付けることにつながらないということです。交渉案件に関する状況を全体的に見渡し,達成すべきことは何か,リスクは何か,優先すべきことは何かといった必要な情報を整理し,計画を作成することです。第3は,交渉の目標と相互の利得が何かを明確にすることです。一方的な譲歩を相手に強いることは,相手の立場に立って考えると交渉自体が難しいと分かります。双方が合意できるように論点を設定して臨む姿勢が効果的です。真摯に取り組んで得た合意は信頼関係を構築します。逆に,理不尽な駆け引きや安易な妥協は不満のもとになります。

 第4は,交渉を早く終結させようと性急にならないようにすることです。交渉の内容によっては,納得するまで何度も話し合わなければならない場合もあります。丁寧に粘り強く臨むことが大切です。第5の要点は,交渉をリードするためには交渉の基本的スキルであるヒアリング/インタビュー・スキルとディスカッション・スキルを磨くことです。特に複雑な交渉に取り組む際には,問題解決技法や論理的思考法などの技法を身に付けて臨むことが効果的です。

 実際の交渉はさまざまな状況下で行われるため単純な図式にはなりませんが,交渉に強くなるためには少なくとも相手以上に考え,準備して臨むことが極めて重要だといえます。出たとこ勝負の場当たり的な交渉では,禍根を残すことも少なくありません。優れた交渉力はその人の仕事に対する能力,つまり仕事力の大きさを表す要素の一つです。

 

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