【前回より続く】

個人がどのようにものごとをとらえるか,つまりものごとへの見方や考え方は個人の置かれてい る立場によって大きく変わり,そこから見いだす結論も当然大きな影響を受けることになります。 仕事は自分一人だけで完結できるものではなく,どのような仕事も他人とのかかわりの中で進みます。従って,さまざまな立場からのものごとの見方や考え方を整理し,理解するための方法として視座図や視点図,価値観把握の手法を活用することが仕事力の強化につながります。

 社会生活において人間関係が重要であることは周知のことですが,仕事も自分一人だけで進捗するものはなく,多くの人とかかわりを持ちながら進んでいきます。

 しかし,現実には自分の考え方と周囲の見方が食い違うことがよくあります。それぞれの経験や立場によって,考え方や判断の基準が異なるからです。つまり,個々人の価値観は異なるということです。価値観とは,各人が大切にしていること,つまり重要視している判断基準と言い換えることができます。優れた技術や材料によって作られた優れた商品であっても,利害関係者の価値観を考慮しなければ,その価値を十分に発揮できないでしょう。

 このことは,企業におけるあらゆる仕事にも当てはまります。今回は良い仕事をするための基本的なスキルとして,価値観形成に影響するその人の立場(視座)や,その人のものごとの見方(視点),視座や視点とその人が重視していること(価値観)との関係,価値観を把握することの重要性について解説します。

よくある失敗の事例

 Nさんは,情報システム機器メーカーの本社生産管理部で,社内生産管理システムを担当する技術者です。現在稼働中のシステムは導入後10年近く経過しており,システムの再構築が課題になっています。そんな折,「次期システム導入推進プロジェクト」が発足し,Nさんは生産部門の取りまとめ役としてプロジェクトのチーム・リーダーに任命されました。そして,本社の情報システム部や関連部門と共に,次期システムの仕様について検討することになりました。プロジェクト・マネジャーから全体計画の説明を受け,各担当チームはそれぞれのスケジュールに沿って活動を開始します。

表1 要求仕様書(案)作成が遅れた要因
[画像のクリックで拡大表示]

 Nさんのチームは,新システムに盛り込む要求仕様書(案)の作成の担当です。関連する製造拠点のニーズを把握するためにメンバーで手分けしてヒアリング調査を開始するなど,スケジュールは順調に進みました。日ごろの業務で各製造拠点のシステム担当者と接する機会もあり,特に問題はなく容易に進むだろうとNさんは考えています。現場のヒアリング調査や何度かの調整で,要求仕様項目の合意も終わりました。

 ところが,要求仕様書(案)が完了する直前になって,現場のA工場の生産管理部門から要求仕様に新たな項目の追加と変更の要求が出てきたのです。ヒアリングしたA工場の生産管理システムの担当者に事情を聞くと,A工場の生産管理部門会議で製造現場の部門長から「要求仕様書に盛り込まれる内容が適切ではない」と問題提起され,新たな項目の追加と変更を要求することになったとのことでした。「要求仕様書(案)は既に合意した内容なので…」と断ったものの,聞き入れてもらえなかったといいます。

 結局,せっかくまとまりつつあった要求仕様項目の再見直しと優先順位付けを行わざるを得なくなりました。その作業に取り掛かると,今度はB工場からも同じように新たな項目の追加と変更の要求が出てきました。さらに,A工場とB工場の動きを察知したC工場からは,全社的な調整で一度決定した仕様を変更することに対する反対意見が出てきました。Nさんは各部門からの要求とプロジェクト全体の計画との関係で,板挟みの状態に陥ってしまいました─。