普及価格帯,中価格帯,ハイエンドのどのエリアのオーディオ機器を目指すかによって,D-A変換LSI開発の方向性は大きく異なってくる。ハイエンド向けの場合,大きく二つの方向性がある。一つはマルチビット型D-A変換回路の発展系,もう一つは1ビット型(ΔΣ変調型)のマルチ対応系である。いずれも,マルチビット型D-A変換回路が備える「力強さ」といった音質の傾向を継承しながら,「繊細さ」に代表されるΔΣ変調の優れた点の融合を図ろうという方式である。

 1ビット型のマルチ対応系では,量子化器を従来の1ビットからマルチ化する手法がよく用いられている。1ビットを2ビットに増やせば,量子化ステップ数は1ビットでの2値に対して2倍の4値に拡大する。量子化器をマルチ化する方法について,各社がいろいろな表現をしているために一部混乱を招いているところもあるものの,量子化ステップ数がマルチ化(3値以上)されているという点では共通だ。従来,1ビット型における高音質化といえば,ΔΣ変調器のステージ数(n)を増やす,あるいはサンプリング周波数(fs)を高速化する,という方向性が一般的だった。ΔΣ変調器の雑音量子化レベル(基本性能)はnとfsでほぼ決定するからだ。

 ΔΣ変調器の量子化ステップ数をマルチ化する手法では,マルチ化した後の実際のアナログ信号への変換方式が重要である。ΔΣ変調器自身はデジタル・ドメイン動作でアナログ的誤差に関する要素は小さいが,マルチ化したΔΣ変調信号を振幅軸でアナログに変換する工程においてはアナログ的精度が要求される。例えば,量子化が5ステップであれば,0,0.25,0.5,0.75,1の五つのレベルが存在する中で,0.25,0.5,0.75の各レベルは当然分解能に応じたアナログ精度が必要になる。従って,むやみに量子化ステップ数を増やすと,マルチビット型D-A変換回路と同等のアナログ精度が必要になり,アナログ精度(誤差)に関する何らかの解決策が必須となる。

上位はマルチ,下位はΔΣ

 多くの試行錯誤の結果,性能,音質共に機器メーカーの要求を満足する方式として,我々はマルチビット型の発展系である「Advanced Segment型」の開発に行き着いた。開発において,マルチビット型では所定の出力をアナログ振幅情報のみで得ていた部分を,マルチビット型の発展系でどのように取り扱うかがカギになった。「力強さ」「芯がしっかりしている」といったマルチビット型が持つ音質の傾向を継承するためである。1ビット型ではオーバー・サンプリングとΔΣ変調により,パルスの幅あるいは密度といったいわば時間軸上の情報で信号を表現しているのに対し,マルチビット型はアナログ振幅情報のみで表現している。このアナログ振幅情報を使うことで,音質の継承を図る。そこで我々は,上位ビットにマルチビット動作を,そして微小信号領域でΔΣ変調動作を取り入れて,それぞれ組み合わせる手法を採った。

 Advanced Segment型におけるD-A変換回路の信号処理の流れは次の通り(図1)。まず,入力した24ビットのデジタル信号を上位6ビット(MSBを含む)と下位18ビットに分ける。次に,上位6ビットをICOB(inverted complementary offset binary)デコーダに,下位18ビットを5レベル3次ΔΣ変調器にそれぞれ入力する。上位6ビットは,26=64の量子化ステップ数がある。このステップ数はICOBコード論理により63レベルの信号に変換される。この信号と,5レベル3次ΔΣ変調された下位ビット信号を加算し,最終的に67レベルのΔΣ変調信号を得る。

図1 Advanced Segment型のブロック図
Advanced Segment型のD-A変換回路は,入力したデジタル信号(図中のア)を上位6ビット(同イ)と,MSBおよび下位ビットを合わせた18ビット(同ウ)に分けて処理する(a)。イについてはICOBデコーダで63レベルの信号に変換する。ウは5レベル3次ΔΣ変調器で処理する(b)。その後,それぞれの信号を加算して67レベルのΔΣ変調信号を得る(c)。
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