前編より続く

9 個のスイッチング素子で構成されるマトリックス・コンバータ。これらの素子のオン/オフを最適なタイミングで切り替えて,所望の周波数と振幅の交流出力を得る。このため,制御は極めて複雑だ。今回は「AC直接方式」と「仮想間接方式」という代表的な二つの制御方式を説明し,優劣を探る。 (山下 勝己)

 交流電力を直接,周波数や振幅が異なる交流電力に変換するマトリックス・コンバータ。既存のインバータに比べて,外形寸法が小さい,変換効率が高い,高調波電流の発生量が少ない,メンテナンス・フリーが実現できる,といったメリットを備えている。

 しかし,デメリットもいくつかある。最も大きなデメリットは,制御が複雑になることである。9個の交流スイッチング素子を使って,入力電流と出力電圧の両方を制御しなければならないからだ。このため,各スイッチング素子を駆動する制御パルス信号を作成する作業は難しい。マトリックス・コンバータを検討した多くの技術者が,敬遠した理由としてこの点を挙げる。

 実際に,マトリックス・コンバータの制御は既存のインバータに比べて複雑で難しい。しかし,決して理解できないほど難しいわけではない。今回は,この複雑なマトリックス・コンバータの制御方法について,平易に解説しよう。

制御方式は二つある

図1 マトリックス・コンバータの回路構成<br>マトリックス・コンバータの最も一般的な回路構成である。9個のスイッチング素子そ れぞれのオン/オフのタイミングを制御することで,入力電流と出力電圧を制御する。 なお,この回路構成のほかに,3相入力単相出力回路と単相入力3相出力回路を組み合 わせた回路構成もある。その回路構成をインダイレクト・マトリックス・コンバータと 呼ぶ。
図1 マトリックス・コンバータの回路構成
マトリックス・コンバータの最も一般的な回路構成である。9個のスイッチング素子そ れぞれのオン/オフのタイミングを制御することで,入力電流と出力電圧を制御する。 なお,この回路構成のほかに,3相入力単相出力回路と単相入力3相出力回路を組み合 わせた回路構成もある。その回路構成をインダイレクト・マトリックス・コンバータと 呼ぶ。
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 まずは,前回説明したマトリックス・コンバータの基本回路構成を振り返る(図1)。9個の交流スイッチング素子を格子状に配置した回路構成を採る。スイッチング素子には,逆阻止特性を有するRB-IGBT(reverse blocking IGBT)を逆向きに直列接続した素子,もしくはIGBTと還流ダイオード(free wheel diode, FWD)の組み合わせを逆向きに直列接続した素子を使う。これらのスイッチング素子のオン/オフのタイミングや,デューティ比を制御することで,希望する 3相交流出力を得る。

 例えば,モータに電力を供給する場合を想定する。通常,モータは省エネルギー効果を高めるために,負荷状態に合わせて回転速度などを変える。しかし,モータ単体では回転速度を変えられない。モータの負荷状態に応じて,マトリックス・コンバータが最適な周波数と振幅の電力を供給することで所望の回転速度に設定できる。一般に,モータの回転速度の設定値を「速度指令」と呼ぶ。マトリックス・コンバータはこの速度指令を受け取り,対応した周波数と振幅の電圧を出力する。この電圧設定値が「出力電圧指令」となる注1)。さらに,マトリックス・コンバータは入力電流も制御できるため,その波形を力率1の正弦波に設定可能だ。これを実現するのが「入力電流指令」である。

注1) 本文中で*が右肩に付いているアルファベットvは,出力電圧指令を示す。

図2 制御方式の概念図<br>図1に示した回路構成の制御方式は,大きく分けて二つある。一つは,3相交流入力の各相と,3相交流出力 の各相を直接接続することを前提に,各スイッチング素子を駆動する制御パルス信号を求めるAC直接方式 (a)。もう一つは,仮想の直流電圧を介して,3相交流入力と3相交流出力を接続することを前提に,各スイッ チング素子を駆動する制御パルス信号を求める仮想間接方式である(b)。
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 マトリックス・コンバータは,これらの指令に応じて各スイッチング素子のオン/オフを制御する。出力電圧指令と入力電流指令から各スイッチング素子の制御パルス信号を作成する方法は二つある。「AC直接方式」と「仮想間接方式」である(図2)。

図2 制御方式の概念図
図1に示した回路構成の制御方式は,大きく分けて二つある。一つは,3相交流入力の各相と,3相交流出力の各相を直接接続することを前提に,各スイッチング素子を駆動する制御パルス信号を求めるAC直接方式 (a)。もう一つは,仮想の直流電圧を介して,3相交流入力と3相交流出力を接続することを前提に,各スイッチング素子を駆動する制御パルス信号を求める仮想間接方式である(b)。
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 AC直接方式は,9個のスイッチング素子の制御パルス信号を一括して生成するもので,最もオーソドックスな方法である。具体的には,マトリックス・コンバータの出力電圧や周波数が希望する値になるように,各スイッチング素子のデューティ比を決め,制御パルス信号を生成する。ここで登場するデューティ比とは,ある期間に占めるオン時間の割合で,期間ごとに変化する離散的な時間関数である。入力電流については,各スイッチング素子のデューティ比に入力電流指令を適用して制約を設け,電流波形が正弦波状になるように制御する。