「EMC設計」に取り組む開発担当者が増えている。しかしEMCには,設計段階では放射強度や耐量などを定量化しにくいという問題がある。設計者が,目標に向かって着実に進むことができる手順が必要になる。コモンモードや意図しないアンテナの発生を設計で防ぎ,検証/対策時はフィルタやシールドなどで対処する。構想設計から電気回路/構造設計,対策まで,EMC技術を段階的に作り込んでいく手順とポイントを解説する。

 設計段階でEMC(electro-magnetic compati-bility)を考慮する「EMC設計」の重要性が増している。しかし,現場での取り組みがまだまだ不十分と考えている技術者やマネジャーは多い。

 個々の設計指針や具体策を並べて提示しても,EMC設計を徹底させることは容易ではない。設計段階で可能なことをわきまえ,細部は検証/対策の工程で対処する,という力点の配分が必要である。

 ここでは,段階的にEMCを作り込んでいくために各設計工程で考慮すべきことを,まず解説する。さらに,効果的に検証/対策を行う方法を示す(図1)。工程全体を通して,どのように設計を進めるのか,問題が発生したらそれをどう解決すればよいのかを,EMCの観点から解説する。

【図1 製品の開発工程におけるEMC設計と対策の手順】黄色の部分は,EMCについて特に考慮すべき検討/設計内容。試作や製造準備・製造は,EMC設計/対策にあまり関係がないので,触れていない。
図1 製品の開発工程におけるEMC設計と対策の手順
黄色の部分は,EMCについて特に考慮すべき検討/設計内容。試作や製造準備・製造は,EMC設計/対策にあまり関係がないので,触れていない。
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 電子機器は多種多様で,適用できる個別のEMCの手法も定型的ではない。ここで解説する内容は,多くの機器に共通する事項となり,基礎的あるいは抽象的と思われるかもしれない。しかし,EMCの問題のほとんどは,ここで解説する事項の組み合わせで解決でき,高度な技術を必要とするわけでもない。基礎を理解できれば,誰もが少しずつ身に付け実践できる。なお,後半で若手技術者に向け,EMCの技術習得の方法についても述べる。

EMC設計の特徴と課題を考える

 一般に電子機器の設計は,まず達成したい機能・性能を想定し,その機能・性能を分担するためのブロック図を描くことから始まり,続いて細部の回路設計に移行するという過程を経る。それは機器の設計・製造における,いわば“ポジティブな作業”のフローである。

 これに対して「EMC設計」というものは,機器の安定動作達成を阻害することのないように,EMCに関連する阻害要因を排除していく“ネガティブな作業”であるとも言える。図1に示すように,設計作業の特定の段階に集中することなく,いくつもの段階にEMC設計の作業が存在する。

 EMC設計の最大の課題は,「EMCとしてのモデル図を描くのが困難」ということである(図2)。言い換えると,EMCの問題は,機器内の各部位に対して「EMC的要素の割り当て(分担)」を行うことが困難な設計要素である。

【図2 「機能・性能の設計」と「EMC設計」の違い】EMCには課題が多く,設計者が避けたがる傾向がある。設計者が目標に向かって着実に設計を進められる手順が重要になる。
図2 「機能・性能の設計」と「EMC設計」の違い
EMCには課題が多く,設計者が避けたがる傾向がある。設計者が目標に向かって着実に設計を進められる手順が重要になる。
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 通常の電気機器・電子機器の機能・性能に関する設計では,モデル図(機能ブロック図)を描き,機能・性能の目標値を配分して細部を設計するという順序になる。一方,EMC設計に関してはモデル図を描けない部位が多く,このため電磁雑音の放射強度や耐性など「EMC性能」を定量的に設計するのが困難となる。

 EMC設計の見直しをしようとしても,設計段階では「やり残し(し残し)」があるかどうかが明確にならないことも,問題点の一つである。EMC設計のやり残しがないように,可能な限りの努力は必要であるが,丁寧に設計しても皆無にはならない。そのやり残しは,その場ではなく検証/対策の後工程でしか発見できないことが多い。

 EMC問題と同様な例として,「アンプの自励発振」がある。「このアンプが発振するかどうか」は,回路の接続図上からは見えず,作ってみないと分からない。発振は,設計者が意図していない帰還回路(接続図上には存在しない結合回路)に起因している。たとえ幸運にも,機器が組み上がって発振しなかったとしても,どの程度のマージンをもって安定であるのかを確認するためには,実際に現物(試作品)をいじって,電源電圧変動試験/温度試験など行う必要がある。

 EMCのトラブルも,設計者の意図しないところから発生する。つまり,EMCには設計段階では対処できないこともあり,検証の工程が不可欠である。