前回は,組み込みソフトウエアの開発技術の変遷を知れば,今後,技術者に求められるものも見えてくることを述べた。今回から6回にわたり,「動機」から「実現」までの過程という視点で,コンピュータと組み込みソフトウエアの関係を見ていく。今回は,1970年代初頭の「動機→頭脳→論理回路の時代」について見てみる。(連載の目次はこちら

 1970年代初頭は,1960年代の商用コンピュータ誕生に続いてコンピュータの爆発的な利用が始まった時代といえる。同時にソフトウエア工学で数多くの進展があったが,主役はメインフレームであった。

 この時代にコンピュータの原理と動作を学んだ技術者は,磁場のあるなしを情報の単位であるビットに対応させる,トランジスタのしきい値と正帰還動作を利用したパルス回路で論理回路を実現する手法などを学んだ。

 同時に銀行業務を理解し,顧客の氏名がどのような銀行にとってどのような意味を持ち,それがEBCDIC(extended binary coded decimal interchange code,米IBM Corp.が制定した文字コード体系)に落とされ,磁気ドラムや磁気ディスク上の,微小だが無数の磁場ベクトルとして保存されるのを技術者たちは理解していた。また,機械語で特定のトラック,セクタにある1ワードをエラー補償しながら読み出したとき,そのMSB(most significant bit,最上位ビット)が顧客の男女の別を示す論理符号になっていることもよく理解していた。つまり今日の組み込みソフトウエア技術者よりも過去のソフトウエア技術者は,詳しくコンピュータの物理的原理とソフトウエア動作の関係を理解していたのである。そうした技術者たちの要求からコードへの変換能力は恐るべきものがあった注1)

注1)この一端は,物理学者のRichard Phillips Feynman氏らの書籍『ファインマン計算機科学』(岩波書店)で事例として語られている。

 同じく汎用コンピュータを利用する技術分野では,既にC言語によって対話型のOSが作られ,その上で数多くのプログラムが動いていた。