差動モードと同相モードで変換が生じる

 差動モードと同相モードを考察する際に,さらに押さえておくべきことがある。それは,二つのモードが独立した現象ではなく,モード間で相互に変換が生じていることだ。

 仮に同相モードの影響を受けないような理想的な差動回路が実現でき,それを入力回路に用いたとしても,問題が生じる場合がある。伝送系の途中で同相モード雑音が差動モード雑音に変換されてしまえば,差動入力回路は変換された差動モード雑音の影響を受けてしまうからだ。このため,モード変換が起きにくい伝送系を実現することが,高速伝送系設計のためには必要である。

 さらに,この変換の度合いは,基板配線の構造の影響を受けているということが分かってきた。基板材料の異なる2種類の差動配線(A材基板とB材基板とする)のTDR(time domain reflectometry)波形を例に取り,考察してみよう(図5)。ここで,TDR波形の高さが配線の特性インピーダンスを示している。差動モードと同相モードのインピーダンスは配線のどの場所でも揺らぎが見られないのに対して,P極シングル(P極配線のみに,接地に対するパルスを入力)およびN極シングル(N極配線のみに,接地に対するパルスを入力)では特性インピーダンスに揺らぎが見られる。さらに,その揺らぎの高さはP極とN極で交互に変わるという現象を観測した。そして,2種類の異なる材料でこの揺らぎのピッチが異なるという興味深い結果も得た。

【図5 2種類の基板材料でTDR波形とモード変換量を比較】材質が異なる2種類の基板で,TDR波形とモード変換量を比較した。A材基板とB材基板ではシングル駆動インピーダンスの揺らぎの差があり,これが同相と差動間のモード変換量の差となって現れている。
図5 2種類の基板材料でTDR波形とモード変換量を比較
材質が異なる2種類の基板で,TDR波形とモード変換量を比較した。A材基板とB材基板ではシングル駆動インピーダンスの揺らぎの差があり,これが同相と差動間のモード変換量の差となって現れている。
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 基板材料による特性の違いは,モード変換にも明確に現れた。2種類の基板配線の伝送特性を差動モードと同相モードの両方で評価したとき,差動モードから同相モードへの変換量(Scd21)と同相モードから差動モードへの変換量(Sdc21)は,高周波におけるモード変換でB材基板の方がA材基板より大きい。

 図5上段のシングル駆動のTDR波形で見たP極インピーダンスとN極インピーダンスの揺らぎの差と,図5下段の差動モードと同相モード間のモード変換量には関係がある。これは図2で説明した「P極とN極の振幅差」や図3での「P極とN極の位相差」が,差動モードと同相モードを同時に伝送路に存在させる原因になっていると説明していることに,直感的につながっている。差動モードのみであった信号波形のエネルギーは,図2の振幅差,図3の位相差による同相モードのエネルギーの発生によって,その内訳が変化する。この事実は,差動基板配線の「P極とN極の特性的なアンバランス」に起因する。結果として,差動モードから同相モードへのモード変換の発生量の差となった図5の事実と重なる注1)

注1) A材基板でもモード変換は発生するが,B材基板より高い周波数で生じる。