計測技術に関する知識を増やすことは思いのほか大変です。学習すべき知識が何なのかさえ分からない場合があります。さまざまな情報源がありますが,初心者が効率よく情報を収集するための起点として,計測器メーカーがWWW上で公開している技術解説文書の利用が有効です。規格認証試験の概略,ジッタ,プローブの三つを例に取って,得られる有用な情報と活用方法を紹介します。(連載の目次はこちら

 電子機器を開発している技術者ならば,計測技術の基礎を学ぶための解説書を探した経験があるのではないでしょうか。しかし,技術を利用する人が多い割に,電子分野の計測に焦点を当てた入門書は,それほど多くはありません注1)

注1)電子分野の計測技術を専門的に解説している書籍の例として以下のようなものがあります。
(1)『新しい電気・電子計測』大浦宣徳,関根松夫著昭晃堂,2006年,2730円
(2)『電子計測―基礎から計測システムまで』小滝国雄,島田和信著東京電機大学出版局,1996年,2205円
(3)『電子計測』岩崎俊著森北出版,2002年,2310円
(4)『電気電子計測の基礎―誤差から不確かさへ』山崎弘郎著電気学会,2005年,2625円
(5)『信号解析入門 (電子・情報基礎シリーズ)』 越川常治著近代科学社,1992年,2625円

 計測技術は,デジタル信号処理や通信処理などの解説書の中で,付加的に扱われることが多いようです。そこでは,代表的な計測技術のみが紹介されている場合がほとんどです。主題である信号処理技術などを丁寧に解説している初心者向けの入門書ほど,この傾向が高くなります。このため書籍だけでは,知識を網羅的に集めることは困難です。そこで,さまざまな手段を使って情報を収集し,補完していくことになります。

知識の蓄積を困難にする二つの壁

 書籍は少なくても,WWWサイトや専門の展示会,学会論文,販売員が配る販促資料などには計測技術に関する情報があふれかえっています。情報収集を始めると,すぐに二つの壁に突き当たります。これらの壁が必要な知識を効率よく学ぶことを阻害しています。

 一つは,抽象的な手段に関する記述が多く,実感がわきにくいことです。計測技術は,具体的な目的を持って使う手段です。計測器メーカーなどを除けば,それ自体が目的になることはありません。このため,どのような場面で有効な手段であるのか,因果関係が分かりにくい情報が多くなります。ちょうど非常に正確かつ詳細に書かれた数学の本のように,ここで得た知識を実践に使うためには豊富な経験とイマジネーションが必要になります。知的好奇心は満たしてくれますが,実践情報を求める初心者にはかなりしんどい作業になります。そこで具体的な利用シーンを想定して解説した情報を選定して集める必要が出てきます。

 もう一つは必要な知識が多岐にわたることです。計測技術は,電子工学,電磁気学,統計学といったさまざまな学問の知識が組み合わさって出来上がっている複合的な技術です。加えて,規格認証試験向けの計測を考える場合には,法令や規制,標準化団体の普及戦略,技術の開発元の事業戦略など文科系的な要素が絡んできます。必要な知識を積み上げていくには,時間と忍耐力が必要です。またすべてを一から学ぶ必要がない状況でも,どの分野を糸口にして知識を積み上げていったらよいのか,分かりにくいと言えます。ここでも,具体的な利用シーンを想定して,不足している知識を洗い出す方法を採った方がよさそうです。

 こうした壁をなるべく回避しながら初心者が情報収集に着手するとき,手始めとして計測器メーカーがWWWサイト上で公開しているホワイト・ペーパーやテクニカル・ノートなどの文書を教材にして学習することをお勧めします。具体的な利用シーンを設定して必要な計測技術を解説しているため,かなり実践的な知識を効率よく取得できます。しかもほとんど無償で入手できます。セミナーや展示会などは,WWWサイト上で公開している文書を理解した上で,理解度の確認や最新情報の更新に使うと効率が良さそうです。

 計測器メーカーが公開している文書と聞くと,専門家を対象にした,自社製品の宣伝が交じった情報ばかりと考える人が多いかもしれません。しかし,実際には非常に基本的な用語から丁寧に解説している汎用的な情報が数多くあります。これを利用しない手はありません注2)

注2)ただし,念のため複数メーカーの類似文書を読み比べて,手前みそな部分や各メーカー固有の事情を反映した情報をスクリーニングしておくとよさそうです。

 ここでは,三つの場合を想定して,計測器メーカー各社が公開している文書の中で特徴的なものを紹介します。(1)規格認証試験で行われる計測技術の全体像を知りたい場合,(2)ジッタに関する基礎知識と実際の計測手法を知りたい場合,(3)プローブの選択基準を知りたい場合,です。