無線分野では,矢継ぎ早に新しい技術標準が登場しています。製品化するためには,通常,標準化団体の認証試験だけでなく,地域ごとの法規制をクリアしなければなりません。ところが,法規制による開発の不自由さや無線固有の計測手法に戸惑う開発者が少なくありません。ここではWireless USBを例に,無線規格認証の手順と計測手法,不具合解析手法などを解説します。(連載の目次はこちら

 無線機器の開発では,規格認証試験に先駆けて関連法令を順守していることを確認しなければなりません。無線機器として認可されていない限り,開発品といえども,電波暗室などの外では電波を発することすらできません。しかも,地域ごとに法令が変わります。この点が有線の高速データ伝送技術と比べて大きく異なります。

Wireless USB搭載機器の例と認証ロゴ
図1 Wireless USB搭載機器の例と認証ロゴ
Wireless USB対応機器の例と,規格認証試験に合格した製品に付けることのできるロゴ。

 また,規格策定の動きが激しいために標準化団体が規格認証試験の詳細な内容を決めていない,あるいは公開していないことがよくあります。こうした状況では,いかにして製品を先行開発して行ったらよいのか,戸惑ってしまうケースも見受けられます。規格認証試験を先取りする対策が不可欠になります。 本稿では,全世界での普及台数が20億台以上と言われているUSBインタフェースの無線版である「Certified Wireless Universal Serial Bus」(以下Wireless USB)を例に取って,無線技術での規格認証試験に関係する計測技術を解説します(図1注1)。この記事を執筆している時点で,既に世界初のWireless USBのロゴ認証を取得した製品が登場していますが,普及期はまだ先であり,認証試験の中身はそれほど知られていません。

注1)Wireless USBは,2004年2月に発足したWUSB Promoter Groupによって規格策定が行われています。このグループには,米Agere Systems社,米Hewlett- Packard Co.,米Intel Corp.,米Microsoft Corp.,NEC,オランダRoyal Philips社,韓国Samsung Electronics Co., Ltd.といったメーカーが参加しています。

 Wireless USBの開発と実装は,有線のUSB 2.0の担当者が行うことがよくあります。同じ“USB”だからということで任されやすいようです。しかし,有線と無線では規格も計測技術も異なることが多く,認証の手順や方法を間違えてしまう開発者が少なくありません。例えば,世界各地の法規制に適合させるために必要な計測器や仕様は異なりますが,それを知らないために開発終了間際で計測器を手当てできず大騒ぎになることがあります(別掲の「世界の地域ごとに仕様が異なるWireless USB」参照)。ここでは,Wireless USBを題材にして,無線の計測技術のポイントを明確にしていくことにします注2)表1)。

注2)これからWireless USBの認証取得を検討されている方には,USB-IFが開催しているWireless USB Workshopへの参加をお勧めします。ここには半導体メーカー,機器メーカーなどが一同に介して,Wireless USB に関する試験を行います。規格認証試験に備えるためのイベントですが,どういった試験でデバイスが不合格になるのかという技術的な議論だけでなく,各メーカーとの情報交換も行えます。

表1 Wireless USBの規格認証試験における計測面での課題と対策
他の高速データ転送技術と比べて特徴的な項目を挙げました。
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広帯域の高周波信号を扱う

 Wireless USBについて簡単に説明しておきます。これは,「UWB(ultra wideband)」という数GHzの広帯域の無線技術をベースにした技術です。米連邦通信委員会(FCC:Federal Communications Commission)では,最高輻射の中心周波数に対して輻射電力が10dB下がる周波数帯域幅が500MHz以上あるいは,中心周波数の20%以上の無線通信をUWBと定義しています。もともと軍事利用を想定して開発された技術なのですが,米国では2002年2月に民生機器での利用が認められました。日本国内においては,2006年8月に総務省が民生利用を正式に認可しました。

 Wireless USBでは,USB 2.0と同等の480Mビット/秒の信号を無線で送信します。これは,携帯電話や無線LANなどに比べて非常に高速です。480Mビット/秒のデジタル信号を高速フーリエ変換器(FFT)によって周波数変換した場合,メインローブの帯域幅は960MHzになります。しかし,このような1GHz に近いような広帯域の信号をUSBのためだけには使わせてはくれません。

†メインローブ=フーリエ変換で求めたスペクトラムの中央に存在する最も大きな峰の部分を指します。

 そこで,Wireless USBではスペクトラム拡散技術を用いています。送信信号に拡散信号を掛け合わせて広帯域にすることによって,雑音レベル以下に電力を小さくします。受信側では再び拡散信号を掛け合わせ,信号を復元します。こうすることにより他の無線技術と共存することが可能になりますが,広帯域で微小な信号を計測できる技術が必要になります。計測技術から見ると,Wireless USB向けは他の無線技術向けよりも非常に高度な技術が必要になります。既存の計測器を一般的な方法で使うと,全く計測できない試験項目があり,数ある無線技術向け計測技術のハードルの高い部分を集めたような側面があります。しかし,今後の無線技術の進化を計測技術の面で先取りするための格好の題材と言えます。