アナログ回路の開発現場は,さまざまな問題に直面しています。要求性能が上がり設計が難しくなっている中で,トラブルがなかなか収拾しないケースが後を絶ちません。ここでは,A‐D変換器などミックスド・シグナルICやオペアンプ,電源ICなどを利用した機器設計の際に発生したトラブル事例を通して現場で不可欠なノウハウを解説します。(連載の目次はこちら

よく発生する問題

 周波数が1MHz程度までの汎用A‐D変換器は,最近は12ビットの分解能でも消費電力が数mW程度と小さくなりました。パッケージも数mm角のSOT23やMSOPなどの小さなパッケージでありながら,サンプル・ホールド回路が内蔵されている製品がほとんどです。また,入力信号を切り替えるマルチプレクサまで内蔵されているものも多く,低価格で手軽に使用できるようになっています。

 こうしたA‐D変換器を利用して設計しているときに,「データシートに記載されている性能が得られない」という問題がしばしば発生しています。現象や症状はさまざまですが,比較的多い例としては,精度の低下が挙げられます。具体的には,「入力電圧の変化が小さいときは入力に比例した出力コードが出ていても,入力の電圧振幅が大きくなるにつれて,期待する出力のコードより小さな値が出てくる(直線性悪化あるいはゲイン・エラー)」「出力の歪みが大きい(直線性悪化)」などがあります。

原因と対策

 トラブルが発生したときにA‐D変換器の入力端子の波形を見ると,信号が直流電圧であっても,図1-1(a)のようなグリッチ波形が見えます。場合によっては前段のオペアンプが図1-1(a)のパルスを過度に補正するため,図1-1(b)のようなオーバーシュートを伴うグリッチが見えることもあります。

図1-1 A‐D変換器の入力端子に見られるグリッチ

 ただし,グリッチは正常に動作している回路にも見られるもので,グリッチ自体は問題ではありません。問題はグリッチが目的の電圧レベルに戻るまでの時間,つまりセトリング時間が不足していることにあります。

 グリッチからのセトリング時間が長くなると,なぜ誤差を生ずるかは,A‐D変換器の動作に関連しています。一部の構造のA‐D変換器を除き,ほとんどのA‐D変換器は,入力信号を取り込む期間と,取り込んだ信号レベルを保持してデジタル値に変換する期間を持ちます。

 入力信号を取り込む期間は,アクイジション期間やトラック(トラッキング)期間と呼ばれています。図1-2のスイッチS1が閉じている期間で入力電圧がサンプリング・コンデンサCiに印加され,トラック期間の最後でS1が開き,その瞬間の電圧をCiに保持します。このときまでにCiの電圧が所要の値にセトリングしていない場合,それが誤差になります。

図1-2 A‐D変換器の入力サンプリング回路とタイミング図

 トラック期間でS1が閉じると,サンプリング・コンデンサCiを入力電圧までチャージするためにA‐D変換器の入力端子から電流が流れます。スイッチS1は実際にはMOSトランジスタによるアナログ・スイッチであり,オン抵抗を持っています。この値はA‐D変換器のデータシートに記載されており,通常,数百Ω程度の値を持ちます。また,電圧を保持するコンデンサの値は数十pFです。この抵抗とコンデンサによる時定数に応じたグリッチが生じることになります。

 グリッチの大きさやセトリング時間は,A‐D変換器内部の抵抗,コンデンサだけではなく,前段のアンプとA‐D変換器の間に入っているフィルタを構成する抵抗とコンデンサの値,アンプの駆動能力や出力インピーダンスも影響しています。

 前述のように,グリッチ自体は問題ではありません。正確にサンプリングされコンデンサに保持されるべき電圧が,グリッチによって追従できないことが問題なのです。従って,サンプリング・コンデンサの電圧が,アクイジション時間内にセトリングすれば精度は維持できることになります。