前回は,アナログ技術者にとって重要性が増しているデジタル-アナログ境界技術のうち,EMI(電磁妨害)について解説しました。今回は,CMOSアナログ回路を取り上げます。CMOSに適したアナログ回路技術について解説します。(連載の目次はこちら

 アナログ回路も今ではCMOSで作ることが当たり前な時代となっています。しかしCMOSのアナログ回路では,バイポーラの回路をそのままCMOSに変えてもうまく特性が出ないこともよくあります。ここでは筆者の失敗と成功の経験を基に,CMOSに適したアナログ技術という視点で解説をしたいと思います。ポイントは以下の3点にあります。

 (1)トランジスタ特性を巧みに利用した回路より,トランジスタ特性ができるだけ表に出ないデジタル的な安定さを持った回路を目指す。

 (2)回路というよりアーキテクチャの視点を取り入れた解を見つける(スイッチを多用してデジタル制御を取り入れるなど)。

 (3)アナログ・オプション・プロセスを極力避けて標準ロジック・プロセスで実現できる方式を考える(低コストと特定のプロセスに依存しない自由度の重視)。

電子ボリュームとスイッチ

 バイポーラ・アナログ技術者だった人がCMOSアナログ回路を設計すると,どうしてもCMOS特有のアナログ回路,特にスイッチを使う回路に抵抗感 があるようです注4-1)

注4-1)スイッチのオン/オフ時にノイズが出ると言うバイポーラ技術者は少なくありません。確かに全くノイズがないわけではありませんが,微細化の恩恵でこのフィードスルー・ノイズは昔に比べて非常に小さくなっています。ノイズのパワーを見積もった上で判断しているのではなく,感覚的に拒否していることが多いと感じます。

 筆者は,MOSが電卓にしか使えなかった頃(1972年)から手がけた電子ボリューム開発過程において,最後にスイッチへとたどり着きました。最初に開発した電子ボリューム・デバイス4-1)は,単純なMOS構造のデバイスより歪み特性を30dB程度改善できたのですが,それでもオーディオのマスター・ボリュームに使うのに十分低い歪み率からはほど遠いものでした。

 MOSはゲート電圧に比例したコンダクタンスを示す可変コンダクタンス素子です。このゲート電圧は信号電圧が加わるソース,ドレイン端子間平均電位とゲート電位との差となるのですが,これは信号電圧によってもコンダクタンスが変調を受けることを意味していて,これが歪みをもたらします。信号電圧によるコンダクタンス変化分を小さくする巧みな方法には限界があって,結局信号振幅を小さくしない限り歪みを実用レベルまで抑えることができないのです。信号振幅を小さくすればアンプの熱雑音が相対的に大きくなってS/N の確保が難しくなります注4-2)

注4-2)このような,あちらを立てればこちらが立たないという状況は,バイポーラ的アナログ回路でもよくあることです。このような状況を,トランジスタ特性を巧みに利用した回路で綱渡りして打開することを,アナログ技術の誇りと思っている人も少なくないようです。しかしトランジスタ特性にはバラツキなど理想からのずれが必ず入ってきますから,どうしても歩留まりの問題や製造プロセスを変更できないなどの問題がつきまといます。CMOSでは大規模なデジタル回路と混載するアナログが多いわけですが,これらの問題はデジタル回路の製造プロセス選択において大きな制約事項となります。

 この歪みとS/N といった相反する問題を打開したのはMOSをスイッチとして使うアイデアでした。これは抵抗で細かく分圧したタップを,MOSのスイッチでデジタル的に切り替えるものです(今では当たり前ですが)。この方式ではスイッチとしてのMOSは,完全なオフ状態かあるいは十分なゲート電圧によって低抵抗状になっているオン状態かであって,信号電圧によって利得が変調を受けることはほとんどありません。スイッチのオン/オフ動作はデジタル動作をしますから,この電子ボリュームは,“デジタル的アナログ”といえるわけです。この方式の採用によりハイファイ・オーディオでも十分な低歪みを実現することができ,商品化も実現しました(図4-14-2)。この時は,より低歪みな特性を出すための特殊な構造を持つスイッチMOSを開発しましたが,数年後にはCMOS構造のスイッチが主に使われるようになりました。単純なCMOS構造のスイッチでもオン抵抗を下げれば,この抵抗が信号によって変調を受けても,負荷抵抗との比率において変化は小さいものとなり歪みも小さくできるからです。

図4-1 MOSで作製した電子ボリューム
ハイファイ・オーディオのマスター・ボリュームとして実用化した。

 標準CMOSロジックの製造プロセスで作ることができれば,圧倒的に安いコストで製品を提供できます。安定した歩留まりとコスト競争力そして製造プロセス選択の自由度は,特にデジタル回路に混載するアナログ回路の回路技術として極めて重要なことです。この目的には,今でもスイッチを多用したデジタル的アナログ技術が重要な役割を担っています。