前回は,エンジニアが把握すべき新世代アナログの三つの技術のうち「MOS」について解説しました。今回は,「離散時間型」について取り上げます。(連載の目次はこちら

 CMOSを用いたアナログ回路ではスイッチと容量を用いることができるため,従来の連続時間型回路に加え,離散時間型回路を用いることができる。連続時間型回路とは,通常のアナログ信号のように時間的に連続した信号を扱う回路のことである。離散時間型回路とはアナログ信号をサンプリングし,このサンプリングされたアナログ信号を扱う回路のことである。

 以下では,離散時間型回路を中心に解説する。離散時間型回路で扱う信号には,デジタルとアナログの2種類がある。

 アナログの離散時間型回路は,重要な技術である。うまく使えば,MOSトランジスタのミスマッチ電圧や1/f 雑音が大きいという問題を,無理なく回避できるからだ。具体的には容量(コンデンサ)を活用することになる。ところがこの技術を使いこなすという発想を持っていない人が意外に多いので,注意してほしい。

 デジタルの離散時間型回路は,通常のデジタル回路そのものである。従来アナログ・フィルタなどで行っていた処理をデジタル回路で行えば,回路規模や消費電力を小さくできるようになった。「アナログを使いこなす勘所」で述べたように,デジタル回路でアナログ回路の補正を行うことも可能である。

 以下では,離散時間型回路の活用の仕方を,実際の例を挙げながら解説する。

超低消費電力で高精度演算が可能

 CMOS技術を用いると,バイポーラ技術と異なりスイッチを容易に利用できる。また,オペアンプの入力に直流電流が流れないため,容量を用いて演算を行うことができる。この容量を用いた演算をうまく利用すると,抵抗を用いた演算ではできないさまざまな機能が実現できる。

 容量を用いた逐次比較型A-D変換器を図5に示す。容量とスイッチ,比較器のみを用いたシンプルな構成になっている。簡単に動作を説明する。

図5 容量を用いた逐次比較型A-D変換器

 初めに,スイッチS2とスイッチS31~S36はすべて接地側に倒し,容量の電荷を抜いておく。次にスイッチS31~S36は信号線側に倒し,スイッチS1は入力信号Vin側に倒す。この状態において容量アレイの各容量は入力信号Vinにより駆動される。スイッチS1もしくはS2を開くとその瞬間の電圧が電荷として各容量に保存され,入力信号Vinは標本化される。次にスイッチS1Vref側に倒し,スイッチS31のみをVref側に倒し,残りのスイッチをすべて接地側に倒すと比較器の入力信号電圧Vcは電荷保存則より,

となる。従って,比較器で接地電圧と比較すれば入力信号が参照電圧の半分よりも高いか低いかによりMSB(most significant bit,最上位ビット)の判定が可能である。もしも入力信号が高ければ,MSB出力を「1」にする。次にスイッチS31, S32を参照電圧側に倒し,残りのすべてのスイッチを接地側に倒すと,入力信号電圧Vc

となり,この電圧を比較して極性判定することで2ビット目の変換出力を得ることができる。この操作を繰り返して行けばA-D変換が完了する。

 以上の動作で注目すべきは,この回路は定常電流を全く必要とせずにアナログ演算が可能なことである。CMOSでは,比較器を定常電流を流さずに構成することが可能である。信号のサンプル・ホールドはスイッチと容量で実現でき,また必要なアナログ電圧は容量を用いた演算により作り出すことができる。容量は温度特性が極めて小さく,抵抗に比べてミスマッチが少なく高精度である。従って,高精度演算が超低消費電力で可能である。