理化学研究所 創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発分子機能研究グループ 上級研究員 尾坂格氏
理化学研究所 創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発分子機能研究グループ 上級研究員 尾坂格氏
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 リビングルームの壁面やカーテン、調度品、さらには自動車や電車など、身の回りにある光が当たる至る所で電力を生む――。これを実現する技術として注目が集まっているのが、有機半導体を使った有機薄膜太陽電池である。薄く、軽く、曲げられるといった特徴だけでなく、印刷などによって、あたかもポスターを刷るかのように有機薄膜太陽電池を製造できると期待される。

 ただし、有機薄膜太陽電池は光を電力に変換する効率がまだまだ低いという課題がある。加えて、印刷などで製造できる塗布型と呼ばれる有機薄膜太陽電池では、変換効率はさらに下がってしまう。変換効率の向上と印刷による製造は二律背反の関係にあり、両立は至難の業とされるからだ。

 だが、この両立に挑む研究を進めるグループがある。その一つが、理化学研究所 創発分子機能研究グループだ。2013年には、変換効率8.2%の塗布型有機薄膜太陽電池を開発した注1)。同グループの上級研究員である尾坂格氏に、塗布型と高い変換効率を両立させるカギについて聞いた。(聞き手は、大久保 聡=日経BP半導体リサーチ、野澤哲生=日経エレクトロニクス)

注1)理化学研究所 創発分子機能研究グループ 上級研究員の尾坂格氏、グループディレクターの瀧宮和男氏、高輝度光科学研究センター 研究員の小金澤智之氏らの共同研究グループの成果。この研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の一環で行われた。

――塗るだけで作製できる太陽電池の研究を手掛ける経緯は?

尾坂氏 有機エレクトロニクスで優れたモノを作ろう、それも有機合成をベースに作製しようと考えて研究をしてきた。私が所属する研究グループでは、グループディレクターの瀧宮和男氏が低分子材料を、私は高分子材料を以前から研究してきた。

 実は塗布型の有機薄膜太陽電池に用いた半導体ポリマーは、もともと有機トランジスタに向けて開発したものが派生した材料である。有機トランジスタ用の半導体ポリマーを研究開発する過程で見つけてきた化合物の誘導体が太陽電池として使えることが分かった。

 高性能の有機トランジスタを得るには結晶性の優れた有機半導体が必要である。我々はポリマーで実現しようと考え、分子構造をいろいろと設計してきた。研究を進めるうちに、優れた結晶性を保ちつつ、分子配列の向き(配向性)を制御できることが分かった。そしてある配向にすると、それを有機薄膜太陽電池に適用したときに性能を高められることが判明した。

――どのような配向にすると太陽電池に適するのか。

尾坂氏 有機トランジスタの場合、キャリアが基板に対して水平方向に移動する速度が高いほど性能が高くなる。トランジスタのスイッチング速度を高められるからだ。一方、有機太陽電池の場合、キャリアが基板に対して垂直方向に移動する速度が高いほど性能が高くなる。光を受けて発生したキャリアが、基板側の電極や半導体ポリマー膜上の電極に素早く移動できるからだ。

 有機トランジスタであっても、有機薄膜太陽電池であっても、有機半導体膜の結晶性が高いほど性能が向上することは変わらない。だが、有機トランジスタと有機薄膜太陽電池では、キャリアの移動のしやすさ(キャリア移動度)を高める方向が全く異なる。半導体ポリマーのキャリア移動度は分子の並ぶ向き(配向)に依存しており、有機トランジスタ用には基板に対して水平方向にキャリア移動度が高くなるように半導体ポリマーを配向させ、有機薄膜太陽電池用には逆に垂直方向に高くなるように配向させる(理化学研究所の発表資料)。

試作した有機薄膜太陽電池(写真:理化学研究所の提供)
試作した有機薄膜太陽電池(写真:理化学研究所の提供)
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