全国各地で地域中核病院が中心となって地域医療連携ネットワークの構築、実証事業が進められている。急速な高齢者社会の進展や慢性疾患の拡大、医師不足や偏在化といったさまざまな医療課題を抱える今、医療再生のための基盤として大きな期待がかかっている。「かがわ遠隔医療ネットワーク」(K-MIX)もその1つで、生みの親として知られるのが、香川大学 瀬戸内圏研究センター 特任教授の原量宏氏だ。現在K-MIXに参加している医療機関は108施設に達している。

 産婦人科医の原氏が、当初地域の妊婦管理のために構築したシステムは、今では日本版EHR実現に必要な地域医療情報連携基盤の代表例として全国から注目されている。同氏にK-MIXの強化・発展の経緯や展望などを聞いた。(聞き手は増田 克善=デジタルヘルスOnline委嘱ライター)

─産婦人科医の原先生が、ITを用いた地域医療連携ネットワークの研究開発に深くかかわるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

原 量宏 氏
原 量宏 氏(はら かずひろ)

1970年に東京大学医学部を卒業後、同附属病院産婦人科で分娩監視装置や超音波診断装置など産婦人科領域におけるME機器の開発・臨床応用に従事。1980年に香川医科大学に母子科学講座助教授として赴任後、香川大学医学部附属病院 医療情報部教授を経て現職。日本産婦人科医会情報システム委員会委員長、日本遠隔医療学会会長なども兼任する。

 周産期医療は、地域医療連携そのものです。急激に変化しやすい妊婦と胎児の健康状態に対して、産婦人科開業医と地域の中核病院や大学病院が適切に対応していかなければいけないからです。私は、地域での理想的な周産期管理を実現するという目的で、1980年に東京大学医学部から開学したばかりの香川医科大学(現香川大学医学部)に赴任しました。妊婦管理を地域全体で行えるような仕組みを作ろうと、電子カルテを他の施設でも参照できる周産期ネットワークを構築したのが始まりです。

 妊婦管理で臨床的に重要なのが、胎児心拍数のモニタリングです。在宅での妊婦管理まで視野に入れ、小型軽量の胎児心拍検出装置の開発とモバイルで伝送する仕組みを作り、母胎年齢や妊娠週数、血圧、胎児の大きさなど周産期に関する診療情報を共有できる環境を整備しました。これが「かがわ周産期カルテネットワーク」です。このシステムは後に経済産業省の周産期電子カルテネットワーク連携プロジェクトに採択され、岩手県、千葉県、東京都でもプロジェクトが進められました。

 このネットワークを礎に、全診療科を対象にした「かがわ遠隔医療ネットワーク」(K-MIX:Kagawa Medical Internet eXchange)を構築しました。2000年に医療情報部が創設され、教授としてK-MIX構築に全面的にかかわってきました(2003年6月に運営を開始)。

——K-MIXは、全国各地で実施されている地域医療連携ネットワークの実証事業の中でも注目を浴びていますが、その概要を教えてください。

 K-MIXは、CTやMRIなどの検査画像や各種検査データ、紹介状などの患者情報をデータセンターに蓄積・共有しています。ネットワークに参加する診療所の医師が診断・治療、インフォームドコンセントなどを行う際に、インターネット回線を通じて専門医の助言を受けられます。特にデータ蓄積による経時的な情報が閲覧できる点は、全国的にも珍しいと思います。

 当初は画像診断支援を目的としていましたが、その後診療情報についても、標準フォーマットによる診療情報提供書の伝送機能を実装し、電子カルテネットワークとしての機能強化を図ってきました。さらに現在では地域連携パス機能として、脳卒中クリティカルパスが稼動しています。急性期病院で作成されたクリティカルパスを退院時に回復期施設に送信し、それに沿ってリハビリできるよう医療連携機能を強化しました。地域連携パスは、糖尿病や耳鼻科関連にも拡大していきます。

 また、Web会議システムを応用した遠隔地診療のためのシステム「ドクターコム」も追加して電子カルテと連携させ、往診時の遠隔診療や医療者間のカンファレンスなどに利用できるようにしました。

——地域医療連携ネットワークでは、医療情報の連携方式として分散型と集中型がありますが、K-MIXが当初からデータセンターを活用した集中型(ASP型)モデルを選択した理由は何でしょうか。

 分散型も集中型も一長一短はあります。ただ私の考えでは、真の医療連携ネットワークでは、単に情報提供病院の診療情報が参照できるだけでは不十分で、ネットワークに参加する医療機関相互の情報が経時的に閲覧・活用できなければなりません。そうなると、必然的に集中型を採用せざるを得ない。当初からデータセンターに診療データを置いたのも、将来必ずデータセンター型が主流になると確信していたからです。

 実は計画当初、民間事業者のデータセンター利用の可否を厚生労働省に打診しました。しかし、当時の電子的な診療録の保存を行う場所に関するガイドラインと、官僚特有の「前例がない」という理由から、医療機関以外に医療情報を置くことに難色を示していました。交渉の末、医療情報原本は各病院に置き、コピーをデータセンターに置くという形で納得してもらいました。

 サーバーを安全なデータセンターに設置すること以外にも、世界標準のプロトコルを使用する、セキュリティとしてHPKIを実装するなど、K-MIXは将来を見据えたしっかりとしたコンセプトに基づいて構築してきました。重要なのは、あるべき姿に向かって、信念を持って切り開いていくこと。それが大学教員の使命と思っています。まず、医療連携ネットワークのあるべき姿を描き、現在ある技術で何をどこまで実装していくかを決定し、そして実際に必要となる機能を構築していく、その繰り返しです。

——昨年末からは、香川大・徳島文理大・県立保健医療大の三大学連携で電子処方せんの実証事業をK-MIX基盤上で実施しています。

 電子カルテシステムの普及で、病院内の薬剤師は患者の病名や検査データを見ながら調剤業務ができるようになりました。ところが、病院の外にいる調剤薬局の薬剤師は病名さえも知らされずに、医師の処方した紙の処方せんのみに基づいて薬を出しています。これでは、きちんとした服薬指導などできません。

 電子処方せんシステムでは、処方せんが電子的に調剤薬局に伝送されるだけでなく、病名や検査データ、あるいは患者さんのアレルギー情報なども、標準フォーマットであるHL7形式で、K-MIXを介して薬剤師に伝えられます。また、薬剤師から医師に対して、用量の間違いや通常と異なる用法などがあった際の疑義照会、ジェネリック(後発医薬品)への変更、患者の副作用情報などもフィードバックできる双方向通信の機能を持たせています。

原 量宏 氏

 地域全体で包括的に患者をケアしていくためには、調剤薬局の薬剤師の活躍が大きな力になります。それには、病院の薬剤師と調剤薬局の薬剤師が同じように情報を持たなければなりません。電子処方せんシステムは、そのツールの1つと考えています。もちろん、電子処方せんネットワークを拡大していくためには、調剤薬局にとってのメリットも提供していく必要があります。その1つとして、調剤報酬明細書を作るレセプトコンピュータとシステム連携させ、調剤事務を効率化する仕組みを追加していく計画です。

 一方、K-MIX上に保存された個人の薬歴管理情報を、患者自身がPCやスマートフォン、携帯電話で閲覧できるように発展させたWebお薬手帳やお薬カレンダーも試行中です。これは、正に健康情報や服用薬を自分自身で管理していくPHR(Personal Health Record)の基礎となるものです。

——周産期電子カルテネットワークとして始まった一連の研究は、日本版EHR、PHRへとつながっていくわけですね。

 現在、香川大学医学部の法医学教室にCTが導入され、患者の死後のデータを取得して管理できるようになりました。周産期電子カルテネットワークによる胎児のデータから死後のデータまで、K-MIXに入力して経時的に情報を管理していけば、生涯健康カルテ(EHR:Electronic Health Record)ができあがります。地域の各拠点病院でも、大学附属病院と同様に電子カルテシステム間で連携しようという動きが出ています。

 さらに、周産期電子カルテネットワークから派生した「Web母子手帳」、電子処方せんシステムから派生する「Webお薬手帳」などと、保健者や民間企業も参加する地域健康データ管理システムと連携すれば、医療・健康情報を自己管理できるPHRができあがります。香川大学瀬戸内圏研究センターが中心となって進めている「かがわeヘルスケアバンク」構想には、K-MIXとこうしたシステムを連携させ、地域医療情報ハブとして機能させようという狙いがあります。

 この10数年の取り組みは、EHRやPHR実現のためのステップです。必要な医療機能を、実現可能な技術で計画的にモジュール化して組み合わせてきたものです。また、どの医療機関でも、どの地域でも対応できる広域性と発展性を重視してきました。実際、周産期電子カルテネットワークは岩手県などで採用されていますし、K-MIX自体、栃木、岡山、沖縄など他県の医療機関も利用しています。今後、さらに香川のモデルが全国の医療圏に拡大することを目指して、K-MIXを中心とした基盤の強化に務めていきたいと考えています。

インタビュー後記

産婦人科医である原氏は、子を思う母親の気持ちをよく理解しています。生みの親としてK-MIXに対する思い入れは、母親がわが子に対して抱く気持ちと同様であることが伝わってきました。といっても、単なる親バカではありません。地域医療情報ネットワークや日本のEHRに関して、どうあるべきか将来の姿を描き、確固たる信念を持って育ててきたという強い自負心が、ひしひしと感じられるインタビューでした。

 政府はいま「どこでもMY病院」構想や「シームレスな地域連携医療」の実現に向けた政策を推進しています。原氏は「いずれも以前からわれわれが考えてきたこと。この10年間それをどう実現するかを追求してきた」と言います。その信念は、「香川モデルを全国へ普及させる」という強い気持ちとなって表われています。