多くのエレクトロニクス企業が今、次代の有望市場として着目し始めている医療・健康分野。同分野に対し、自社の有力技術を活用することで参入を果たそうとする企業の動きが目立ってきた。

 Blu-ray Discにおいて世界で75%のシェアを持つSony DADC社も、その1社である。同社は、世界一を自負する光ディスク技術を生かしてバイオ・メディカル分野への取り組みを強化していく考えだ。同社のバイオ・メディカル関連の事業を統括するHarald Kraushaar氏に話を聞いた。インタビューの中では、同社が取り組もうとしている概念を指す「SmartConsumable(スマート・コンシューマブル)」というキーワードが幾度となく登場した。

(聞き手は小谷 卓也)


――Sony DADC社が取り組もうとしている「スマート・コンシューマブル」とは、具体的にどのようなものを指すのでしょうか。

Harald Kraushaar
Harald Kraushaar

1965年、オーストリア生まれ。University of Viennaにおいて、生化学や化学を学ぶ。Sony DADC社で約20年間、光ディスクの開発などさまざまな業務に携わる。同社におけるバイオ・メディカル関連の新事業を立ち上げた。
(写真:吉田 竜司)

 これまで医療機器などに搭載されていた機能を、将来は、一般消費者が消耗品として手軽に使えるようになるでしょう。小型でありながら機能性を高めたチップで、さまざまな検査ができるようになるわけです。しかも、使い捨てを前提とした極めて安価なチップです。そのような姿(商品)を我々は、スマート・コンシューマブルと呼んでいます。文字通り、スマートな消耗品です。

 我々はチップの部分を手掛けますので、最終的なソリューションを提供できる企業と一緒になって、開発を進めていきます。

――スマート・コンシューマブルに着目しているのは、どのような背景からですか。

 小型のチップを用いて個人の生体に関する検査を実施するといった、いわゆる「バイオ・メディカル」の市場が今後、大きく成長すると考えているためです。

 バイオ・メディカル市場が拡大するとみられる理由は幾つかあります。まずは、先進国を中心に超高齢化社会へと向かっていることです。実際、ここ最近では超高齢化社会が現実のものとなってきており、それによる新たな問題やニーズが浮上しつつあります。例えば、医療や健康に対する一般消費者の意識の高まりと同時に、予防医療や早期診断へのニーズが大きくなってきています。

 そして、医療の分散化も進んでいます。いわゆる「point of care」です。大きな病院を軸とした、これまでの中央集権的な仕組みではなく、ケアを受ける場所が(地域の診療所や家庭などへ)分散していくわけです。

 さらに、遺伝子情報などをベースにした個別化医療(テーラーメイド医療)に注目が集まり始めています。個人に合わせた薬の処方など、個別化医療によって医療の効率をもっと高めていくことが求められています。

 予防医療・早期診断やpoint of care、個別化医療などにおいては、スマート・コンシューマブルは重要な役割を果たすことになるでしょう。このような社会的な方向性の中で、我々は大きなビジネスを展開できると期待しています。

――どの程度の市場規模を予測していますか。

 Sony DADC社の予測としては、スマート・コンシューマブルの市場として、2014年に100億米ドルの規模になると見込んでいます。年率15%の成長です。この数字は、チップだけでなく、試薬なども含めた市場規模になります。

――この市場に対するSony DADC社の強みはどこにありますか。

 我々の強みは、世界でトップクラスを誇る光ディスク技術です。この光ディスク技術を、バイオ・メディカルの領域に生かしていこうとしているのです。

 ソニーは知っていても、Sony DADC社は知らない人も多いと思うので、我々の会社について少し説明します。Sony DADC社は、ソニーの中で光ディスクを担当している一つの事業部門という位置付けです。Blu-ray Discでは、世界で75%のシェアを確保しています。

 売り上げは年間22億米ドル。Bluray DiscやDVD、CDなどの光ディスクを、年間21億ユニット造っています。つまり、1ユニット当たり1米ドル強という、相対的には安価な価格で提供できているわけです。

 ソニーの他の事業部門と比べて特徴的なことは、部門の中で完全に垂直統合している点です。工場から営業、マーケティングまでの全ての機能を備えています。製造装置などを我々が造ることもできます。

 私はオーストリアにいますが、同地以外にも例えばインドや米国、日本では茨城と静岡といったように、世界各地に工場があります。

――具体的には、光ディスクのどのような技術を生かすことができるのでしょうか。

 さまざまな技術を生かせるとみています。その一つが、微細構造の形成技術です。

 我々は、特にBlu-ray Discの技術において業界の先頭に立っていると自負しています。Blu-ray Discでは、極めて微細な構造物をディスクの表面に形成しなければなりません。より記録容量が大きいディスクになるに従って、構造物が微細になっていくためです。

 例えばCDの場合は、形成する構造物の長さ(ピット長)が0.83μm、構造物の高さが0.15μmです。それがDVDになると、それぞれ0.4μm、0.1μmになります。さらにBlu-ray Discの場合には、構造物の長さが0.15μm、構造物の高さが0.07μmと極めて微細になるのです。この微細な構造物を高い信頼性で製造する技術を、我々は保有しています。

 スマート・コンシューマブルでは今後、一つのチップの上に数多くの機能を集積させていくことが必要になります。機能性の向上は、市場から求められている重要なポイントです。つまり、光ディスクと同様に、1枚当たりの“容量”を高めていかなければならないのです。ここに、我々の微細構造の形成技術が生きてきます。

――微細構造の形成技術の他に生かせる技術は何ですか。

Harald Kraushaar
(写真:吉田 竜司)

 例えば、年間21億ユニットの光ディスクを製造している大量生産の技術です。今後、機能性を高めていくことと同時に重要なのは、安価にしていくことです。そうしなければ、市場は拡大していかないでしょう。

 他には、光ディスクに欠かせないコーティングの技術もまた、応用していくことができます。スマート・コンシューマブルの分野でも、適切な材料を選択してコーティングすることが必要になるからです。

 さらに、社内で製造装置を造れることも強みになるとみています。これによって、意図する形態にカスタム化できるようになります。また、高い品質管理能力を持っていることも重要なポイントであると言えます。

――Sony DADC社にとっては新たなビジネスになりますが、技術的には従来のビジネスとの親和性が高いというわけですね。

 DVDもBlu-ray Discも、数年前はゼロから始まって、今では年間で21億ユニットを製造するようになりました。このようなスケールアップを、我々は実際に手掛けてきました。バイオ・メディカルの分野でも同じです。この分野で既に市場に投入しているものも幾つかありますが、これから大きなスケールアップを果たしていきます。