前回に続き,大手家電メーカーで,あるヒットAV機器を企画・開発した経験を持つベテラン技術者X氏に,2010年1月7日~10日の会期で米ラスベガスにて開かれた民生機器関連で米国最大の展示会「2010 International CES」の感想を聞いた。今回のCESで,3Dテレビ中心の展示を行った日本メーカーの姿勢に対し,X氏は疑問を投げかける。

――3D映像はコンテンツが少ない,という課題もありますね。

 日本でも衛星放送やケーブル・テレビで3Dチャンネルを準備するといった話は出ている。とはいえ,当面は2D映像が中心になる。完全に3Dに置き換わるのは当面難しいと考えるのが自然だろう。

 専用チャンネルの契約者は数百万くらいと考えると,多く見積もっても世帯数の10%に満たない。家庭のテレビで見る映像の大半は2Dのままということになる。こういう状況で,コンテンツに合わせてメガネを付けたり外したり…,そんなことを本当にするのかなとやっぱり思ってしまう。また,3D映像に酔いやすい,苦手な人が家族に居たら,別々にテレビを見るだろうか。私はどちらの問いも否だと思う。

パナソニックは,3D対応のBDプレーヤー/レコーダーに,3Dコンテンツを視聴できる「お試しソフト」を同梱して売り出す予定。

 もう一つの有望コンテンツとしてはゲームがある。だがこれもよほど配慮してコンテンツを制作しないと,人体に悪影響が出る可能性がある。それでなくても「ゲームの影響で犯罪が起こった」などと言われがちな風潮がある。3Dゲームはこれまで以上の注意深さが,コンテンツ作りに求められるはずだ。

――結論として「3Dテレビは前途多難」という感触を持っておられるということですか?

 視聴スタイルへの疑問,人体への影響など考慮することが多々あるうえに,標準仕様がまだ固まっていない。コンテンツの作成,ディスプレイ,メガネとどれをとっても標準がない。各社がそれぞれ競争している段階だ。標準化が終わっているのは,Blu-ray DiscとHDMIの伝送方式くらいではないか。まだ完成された技術ではないからこそ,人体への影響がないことを医学的に検証した技術開発を,標準化と並行して行う必要がある。こうした作業こそが,今,家電メーカーが行うべきであると思う。

 今,導入されようとしている3D映像の技術の基本的な部分は,以前からある技術と大きくは違わない。そんな技術をテレビに組み込もうという動きの根本には,価格競争に陥っている現在の市場から逃れたいという思惑があるのだろう。

 しかし,3Dテレビの導入で価格競争から脱却できると思えない。なぜなら,今市場に投入されようとしている3Dテレビは,液晶テレビと同様に,どんなメーカーでも基本的には作れる製品だからだ。早晩,価格競争になるだろうし,中国メーカーの動きなどを見ると,市場導入が始まる前から価格競争に陥っているようにすら見える。

 例えば,米国で液晶テレビの価格競争を積極的に仕掛けている米VIZIO社は既に47型液晶3Dテレビを2000米ドル以下で販売すると発表している。また,CESのブースでも明らかになったように,中国メーカー各社はいつでも3Dテレビに参入できる状況にある。製品発表をしていないのは,単に彼らが3Dテレビの市場性をあまり重視していないだけだ。その点で彼らの方が,日本メーカーより家電商品の特質,価値と言うものを知っているのではないかとすら思う。日本メーカーは,ビジネス的な都合のみで騒ぎ過ぎているのではないだろうか。