技術の価値,特許の価値が下がっているということは無いだろうか? 2008年から2009年にかけて,この疑問を浮かび上がらせる出来事が続いている。米国の特許ファンドであるIntellectual Venture社(Tech-On!関連記事1Tech-On!関連記事2)は,日本で特許の購入を続けている。これに対して,特許を維持しきれない日本の大学が二束三文で提供しているようである。また,企業は事業再編にあわせて特許を売り渡す動きを見せている。

 このような動きには,二つの背景がある。

 一つは,技術の複雑化とスピードアップによって,1社で技術を囲い込むという製品開発が難しくなったことである。「オープン・イノベーション時代」といわれる所以である。ここで「オープン」には二つの意味があり,オープン・ソースからの流れで「フリー」の意味,もう一つは,製造業では当たり前だが「非自前」という意味である。このうち,前者の「フリー」の意味が強調されて,技術の価値に対する下げ圧力が高まっている。

 もう一つは,業績悪化を受けて,各社が技術資産を手放そうとし始めていることである。業績の悪化とともに,企業はとにかく「キャッシュがほしい」「赤字事業を手放したい」という状況である。不採算部門を切り離す場合,技術の価値や特許の価値を見極めないで売り渡すということが過去にも行われており,今回も同様のことが起きる可能性が高い。

 技術の価値,知財の価値は,今後,どのようになるのか。業績悪化時の技術・知財戦略とは何か,そしてオープン・イノベーション時代に知財はどうあるべきか。二人の知財関係者にインタビューした。一人は,昨年開かれた「次世代リーダー育成プロジェクト・知財戦略2008」の代表を務めた青山学院大学法学部法学科主任・大学院ビジネス法務専攻 教授の菊池純一氏。もう一人は,IT業界から,技術・知財の対価を訴えるマイクロソフト執行役 法務・政策企画統括本部長 伊藤ゆみ子氏。

産業変革期の技術戦略・知財戦略

菊池純一氏
菊池純一氏
青山学院大学法学部法学科主任・大学院ビジネス法務専攻 教授

 世界はフラット化し,消費を牽引する地域は発展途上国になりました。グリーンをキーワードに産業構造を組み替えようとする動きが顕著です。従来とは異なる動きを受けて,企業にとっては先が見えない時代に突入しました。こうした中,「選択と集中はするな」「付加価値を追うな」「機能・性能は追求するな」といった具合に,いままでの価値観を覆すようなトップの発言が目立ってきています。産業界も企業も方向性を明確にできない時代,企業戦略が固まらない時代に,技術戦略や知財戦略はどうあるべきなのでしょう。

 「受益(受けるべき利益)」から「与益(与えるべき利益)」への転換が重要だと考えています。これまでの技術戦略や知財戦略は,自社で開発した技術からの取り分をできるだけ大きくするという「受益」を前提に考えていました。しかし,これでは新しい産業や事業を作っていくには不足しています。そこで,知財を基盤として技術革新を促すことが重要になると考えます。自社の知財を次世代の創成に役立てるソリューションの業態を「与益業」と呼んでいます。

 技術や知財の囲い込みから脱却して,結合することが「与益」を増加させます。結合を繰り返すことによって,知財の川上から川下にいたる連携で「与益」を作り出します。その「与益」の価値が一部,還元されて「受益」になります。

 知財の価値を最大化するという意味で,与益の考え方はわかりますが,実現に向けた課題は何でしょうか。

 ある知財から事業を生み出すという大きな話は,とうてい一人では実現できません。オープンな場で複数者が集まらないと実現できないでしょう。次を生み出すために,誰と何をすればよいのかを見出さなければなりません。技術の出会いの場を作り出すのです。知財パッケージ型のオープン・イノベーションを実現することが重要だと考えています。

 そのためには,優秀な人材が必要です。

 技術の性能・特性を知った上で,その技術を各応用分野向けに翻訳できる非常に高度な技術者が重要になってきます。用途開発を体系的に考えて,自社の技術の価値を最大化するような人材です。

 知財パッケージ型のオープン・イノベーションのイメージを明確にするために,典型的な例を教えてください。

 米IBM社などによるPCは成功例といえるでしょう。また米Microsoft社のインターオペラビリティも良いですね。日本では素材・製造技術で期待しています。次世代露光技術開発のプロジェクトなどに期待しています。