日経ものづくり 特集

今,ユニークな機能を前面に押し出した商品が売れている。業界で下位に甘んじていたものの,独自性を生かした機能を搭載した商品を市場に投入することで,上位メーカーの地位を脅かしたり,ごぼう抜きしたりするほど大きな成功を収めたメーカーも珍しくない。これまでユニークな機能を打ち出した商品は,決して万人受けせず,ヒットにはつながらないとまことしやかにいわれてきた。にもかかわらず,この時代に顧客の心をとらえて販売台数を稼いでいるのはなぜか。ユニークな機能の発想はどこから生まれ,どのような技術を使って具現化するのか。ユニーク商品で逆襲する秘策に迫る。(近岡 裕)

【PART1】売り上げ10倍の理由
  劣勢から優勢へと転じる切り札
  成功を手繰り寄せる4条件
【PART2】技術の解剖
  (Case1):ホンダの「エアウェイブ」
  (Case2):松下の「X」シリーズ,富士通ゼネラルの「nocria」
  (Case3):日本ビクターの「Everio」
  (Case4):三菱電機の「W」「G」「A」「S」シリーズ
【PART3】販売のプロの目
  驚き・分かりやすさが埋没を防ぎ
  購買決定の最後の一押しにも


【PART1】売り上げ10倍の理由
劣勢から優勢へと転じる切り札
成功を手繰り寄せる4条件

ユニーク商品で成功を手にするには条件がある。「機能が本物である」「実感できる」「分かりやすい」「驚きがある」の四つだ。これらの条件を押さえた上で,さらにどれかを強調すればユニークな機能の価値が高まり,顧客に大きな魅力を与えることができる。

 携帯型音楽プレーヤー「iPod」の人気が沸騰している(図)。米Apple Computer社が2001年10月に第1弾の製品を市場投入して以来,2005年4月までにiPodの世界の累計販売台数は1500万台に達した。その後は人気が加速し,同社は2005年4~6月の3カ月だけで世界で600万台を販売。同年7月に入る前に,iPodの累計販売台数は2100万台を突破した。
 iPodの最大の魅力は「いつでもどこでも,そのときに本当に聴きたい曲が楽しめる」ことだ。そのためにApple Computer社は,大容量のデータを書き込めるHDD(ハードディスク装置)を記録媒体に選び,最大で現在1万5000もの楽曲をiPodに取り込めるようにした。実に,CDアルバム1000枚分だ。「MDは1枚にCDアルバム1枚分しか録音できない。かさばるし,何枚も持ち歩く人はまれだろう。だが,iPodなら,自分が購入して家に置いているすべてのCDアルバムをiPodの中に入れて持ち歩くことができる」(アップルコンピュータプロダクトマーケティングiPod/Music Application担当課長の小西達矢氏)。
 加えて,Apple Computer社は,インターネットを使った音楽有料配信サービス「iTunes Music Store」において,膨大な楽曲をiPod向けに用意する*2。ダウンロードすることで,ユーザーが持っていない曲を,パソコン経由でiPodに簡単に追加できる。こうした編集作業を簡単に行うために,専用のソフトウエア「iTunes」も開発した。
 つまり,同社はHDDとパソコン,インターネットの技術を融合させ,顧客が「本当に聴きたい曲」を聴く可能性を格段に高める機能をiPodで具現化したのだ。携帯型HDDプレーヤーはほかにもあるが,こうした機能を持つものはiPod以外に見られない。
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図●米Apple Computer社の携帯型音楽プレーヤー「iPod」
「本当に聴きたい曲」が聴ける機能を追求して大ヒット。記録媒体にHDDまたは半導体メモリーを使った携帯型音楽プレーヤーにおいて,日本市場では常に4割前後のシェアを維持している。シェアはBCN調べ。


【PART2】技術の解剖
(Case1)ホンダの「エアウェイブ」

室内の広さと走りが基本
ガラスルーフで開放感を付与

 コンパクトなステーションワゴン「エアウェイブ」が売れている(図)。2005年4月に発売し,約1カ月で販売台数が1万台を突破。目標が4000台/月だから,2.5倍の立ち上がりを見せたことになる。その後も,同年6月に6479台,翌7月に5722台と,目標を上回る販売台数を記録している。
 このクルマが人気を集める最も大きな理由は,ユニークな特徴を持っているからだ。ホンダが「スカイルーフ」と呼ぶ大型のガラスルーフである。車内側から見た大きさが,長さ1110×幅770mmで,前方はフロントガラスのすぐ後ろから始まり,後方は後部座席に座る乗員の頭部まで伸びている。これまでにない大きさのガラスルーフを採用することで,ドライバーを含めた乗員に開放感を与えることができる。
 スカイルーフのガラスは「合わせガラス構造」となっている。主に外から車内を見えにくくし,併せて熱の透過を抑えるガラス板「プライバシーガラス」を外側に,主に紫外線を抑えるガラス板「UVカットガラス」を車内側にして,その間に「中間フィルム」を挟んだ構造。中間フィルムはガラスが割れた場合に粉々に飛び散ることを防ぐためだ。
 この構造で「紫外線はほぼ100%,熱もかなり低減させた」(本田技術研究所栃木研究所LPL室主任研究員の川勝幹人氏)。厚さは全体で5.8mm。4.7mmのフロントガラスよりも厚くし,強度と安全性を確保した。

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図●大型ガラスルーフを採用したステーションワゴン「エアウェイブ」
乗員に開放感を与えることでヒット。これはカットモデル。


【PART2】技術の解剖
(Case2)松下の「X」シリーズ,富士通ゼネラルの「nocria」

掃除機を室内機に取り込むか
フィルタをブラシでこするか

 家庭用エアコンで今,ユニークな機能に注目が集まっている。室内機に搭載するフィルタを自動的に清掃する機能だ。
 家庭用エアコンを運転すると,部屋の空気中を浮遊していたゴミが徐々にフィルタにたまっていく。メーカーは2週間を目安に,フィルタから付着したゴミを取り除くことを推奨している。だが,実際にこの通りに実行している人は少ない。その都度,室内機に手が届くように高い場所に上り,フィルタを取り外したり,掃除機のヘッドやホースを伸ばして吸い込んだりして清掃をする手間が面倒だからだ。しかも,掃除をしていても多くは「家庭用エアコンの性能を100%回復させるまでの清掃はできていない」(松下電器産業)というのが実態だ。
 こうした中,松下電器産業と富士通ゼネラルの2社は,フィルタを自動的に掃除する機能を搭載した家庭用エアコンを展開。フィルタを清掃するという,顧客にとって分かりやすい機能に加えて,実際に装置やフィルタが稼働してフィルタの表面がきれいになっていく様子を顧客が目で見て実感できることが奏功し,両社の製品ともヒット商品となっている。
 興味深いのは,同じフィルタの自動清掃機能でも,松下電器産業と富士通ゼネラルでは,開発の主眼や技術が全く異なることだ。

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図●松下電器産業の家庭用エアコン「X」シリーズ
フィルタを自動的に清掃する機構を搭載した。


【PART2】技術の解剖
(Case3)日本ビクターの「Everio」

高画質・長時間だからHDD
振動を吸収し挿入時は固定

 日本ビクターが「ハードディスクムービー」という分野を切り開いた。その名の通り,記録媒体にHDD(ハードディスク装置)を採用したデジタル・ビデオ・カメラ「Everio」シリーズだ。2005年6月には,総画素数133万のCCDを3枚使った「3CCDカメラシステム」を採用することで映像の表現力を高めた「GZ-MC500」を発売(図)。「予想をかなり上回り,上方修正までしたほどの売れ行き」(同社)を記録している。

「短時間」のDVDは却下
 このヒットは,日本ビクターがデジタル・ビデオ・カメラとしての基本機能を煮詰め,深化させたことで誕生した。
 さまざまなデジタル製品が撮影機能を持ったことで,今,映像には種類が生まれている。「使い捨ての映像」と「残しておきたい映像」だ。このうち,日本ビクターが選んだのは後者。そして,高品位な映像をさらに向上させることをデジタル・ビデオ・カメラの開発の目標に据えた。
 より高品位な映像を実現するには,高画質・長時間の撮影に堪える記録媒体が必要だ。競合する日立製作所やソニーが,テープの次の記録媒体として編集や扱いが便利なDVDを選択する中,日本ビクターは背を向けた。「DVDは片面の1.4Gバイトで,最高画質の映像を20分しか撮影できない」(同社AV&マルチメディアカンパニーカムコーダーカテゴリー商品企画室主席の松尾浩二氏)からだ。
 おまけに,DVDの直径が8cmだから,論理的に本体のどこかの面を8cm以下にできず,小型化にも不利になる。これらを高品位な映像を撮影するための“弱点”と見た日本ビクターは,DVDではなく,HDDを記録 媒体に選んだというわけだ。
 具体的には,米Hitachi Global Storage Technologies社の1インチ型HDD「Microdrive」を採用した。小型でありながら,容量4Gバイトで最高画質の映像を60分記録できる。直径8cmのDVDの3枚分だ。

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図●HDDを採用したデジタル・ビデオ・カメラ「Everio」シリーズの「GZ-MC500」


【PART2】技術の解剖
(Case4)三菱電機の「W」「G」「A」「S」シリーズ

栄養素を増やす発想
LEDで野菜に光合成させる

 「おいしい冷蔵庫」。これが三菱電機が2004年に打ち出した冷蔵庫の開発コンセプトだ。ユーザーが食品をおいしく食べられるために,より良い状態で食品を保存できる冷蔵庫を開発する。その意気込みを同社はこの短い言葉に凝縮させている。
 これまで同社は,いかに食品の劣化を防ぐかに腐心し,冷却や冷凍といった冷蔵庫としての基本機能の向上に努めてきた。それが一巡し,続いて冷却や冷凍機能から一歩進んだ付加価値に着眼するようになる。そして,冒頭のコンセプトを掲げた2004年に,同社はハーブの成分に野菜の鮮度保持の作用があることを突き止め,細かい粒子にハーブ成分を染み込ませた「ビタミンガードカセット」を野菜室に搭載した。
 これにより,温度と湿度の制御に加えて,野菜の酸化が進むスピードを抑えるという,新しい機能を開発することができた。

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図●野菜室「うまさV増量 光パワー野菜室」を搭載した冷蔵庫
野菜のビタミンCなどの栄養素を増やす。


【PART3】販売のプロの目
驚き・分かりやすさが埋没を防ぎ
購買決定の最後の一押しにも

売れるユニーク商品を開発する上で,顧客を知ることは必要不可欠だ。顧客とじかに接して本音を聞く販売の最前線の声は,そのための重要な情報となる。販売店から見たユニーク商品と顧客がそれを選ぶ理由にも,売れるための4条件が見え隠れする。

 「苦心して特徴のある製品を開発したつもりだが,なかなか思うようには売れていない」。
 こう思い悩むメーカーの技術者は少なくないことだろう。そうした悩みに答えるべく,ここまで売れるユニーク商品の条件(Part1参照)と,その条件を満たす各社の技術(Part2参照)について紹介してきた。それでもなお,悩みが消えないときは「原点」に戻ろう。それは販売の最前線だ。顧客の購買心理をよく知る店員の声に耳を傾ければ,悩みを解消へと導くヒントがきっと見えてくる。
 本誌は,大手家電量販店であるビックカメラに対し「現在,ユニークであると判断でき,しかも販売が好調な商品」の紹介を依頼した。同社は製品のジャンルごとに売り場の責任者から意見を集約した上で,条件に当てはまる製品を挙げた。
 これらを見渡すと,まずは特徴を一言で説明でき,他との区別がしやすい製品であることが分かる。「似たような機能を搭載した製品が多い中,ちょっと違った機能を追求したものは,顧客に対する存在感が増す」と同社は指摘する。製品の洪水の中,埋没せずに存在感を示すことが,購買決定に至る“第一関門”といえそうだ。