日経オートモーティブ 特集

【Part1:なぜ今「ぶつからないクルマか」】

“交通事故ゼロ”を目指し各社各様のアプローチ

【Part2:クルマにぶつからない】

衝突低減から衝突回避へ、進化する自動ブレーキ

【Part3:人にぶつからない】

まず夜間向けで実用化、 道路横断中の事故を減らす

【Part4:こすらない】

単眼カメラで3次元認識、 近距離用レーダの開発も進む


【PART1:総論】なぜ今「ぶつからないクルマ」か
“交通事故ゼロ”を目指し
各社各様のアプローチ

交通事故をゼロにする——。自動車メーカーがこう口にし始めた。もちろん道はまだ遠い。しかし交通事故件数が増え続けている現在、手をこまぬいているわけにはいかない。レーダやカメラを搭載して人間のミスを補う技術が相次いで実用化され、限定された条件では歩行者を認識する技術も搭載が始まった。

 交通事故が増え続けている。2003年の交通事故は約94万8000件、負傷者は約118万1000人で、この9年間でそれぞれ30%も増えた(図)。死亡者数は減少傾向にあるが、それでも2003年で約7700人が犠牲になっている。交通事故と死亡者数を減らすことは自動車メーカーにとって最優先の課題だ。

「追突」「歩行者」が課題
 2003年の交通事故の発生状況を分類すると、先行車への「追突」(31.1%)が最も多く、交差点などの「出合い頭」(25.8%)が続く。一方死亡事故では、車内での死亡が5割弱と最も多いものの、歩行中も3割を占めており、そのうち6割は「横断中」に被害に遭っている。事故件数や死亡者数を減らすには、「追突」と「出合い頭」の事故や、「横断中の歩行者」と車両の衝突を避けるための取り組みが欠かせない。
 増え続ける事故に対して、国土交通省と自動車メーカーは手をこまぬいていたわけではない。1990年代初めから、クルマを高機能化することで事故を未然に防ぐASV(先進安全自動車)を開発、順次実用化してきた。同省はASVを実用化することで、事故や重傷者を3割程度軽減できるとの試算も出した。ユーザーもASVに期待しており、8割がASVに「賛同」と答えている。
 こうした中、トヨタ自動車は安全装備を充実することなどで、交通事故や死傷者をゼロにする目標「0-NIZE」(ゼロナイズ)を掲げた。同社は現在、レーダで先行車との距離を検知して衝突しないかどうかを検知する「プリクラッシュセーフティシステム」や、真っ暗な道でも先方の視界を確保する赤外線カメラ「ナイトビュー」などを実用化している。現状は「ゼロナイズへの取り組みはようやくスタート地点に立ったばかり」(トヨタ自動車専務の服部哲夫氏)。しかし遠大な目標とはいえ、自動車メーカーが「事故ゼロ」をかかげたことは画期的だ。
 ユーザーはASVのように死亡事故を予防するクルマだけでなく、安心して運転できるクルマも望んでいる。ユーザーの多くが日常の運転で「駐車が困難」「道路が狭い」と感じているからだ。事故に遭わないだけでなく、障害物にぶつからないクルマを求めるユーザーのニーズも高い。

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図●交通事故の実態
(a)増え続ける交通事故。死亡者は減少しているが、交通事故と負傷者は増え続けている(b)交通事故の状況別(2003年)。追突事故と出会い頭の衝突が約6割を占める(c)死亡事故などの状況(2003年)。歩行者(横断中、人対車両、その他)が死亡者全体の3割を占めており、その6割は道路横断中の事故である。出展は警察庁の「交通事故発生状況の推移」


【PART2:クルマにぶつからない】車両の認識技術
衝突低減から衝突回避へ
進化する自動ブレーキ

交通事故の6割を占める「追突」と「出合い頭」の事故への取り組みが本格化してきた。特に、これまでインフラ整備なしには難しいとされてきた、出合い頭の事故を減らすシステムは目新しい。自動ブレーキの機能も衝突軽減から衝突回避に進化してきた。ブレーキをより早いタイミングでかけることなどで事故を防ぐ。

 現在各社が実用化しているプリクラッシュセーフティシステムは、クルマに搭載したレーダが前方の障害物との距離を検知し、衝突の可能性が出てくれば、ドライバーに警告を出す。いよいよ衝突が避けられない状態になれば、約0.6秒前に自動ブレーキを作動させるという流れだ(図1)。
 この「0.6秒」という数字は、ドライバーが操縦不能になるため、自動ブレーキをかけても良いという国土交通省の技術指針に基づくもの。この間は、ドライバーがステアリングもブレーキも操作できない時間とされている(図2)。

障害物の認識が限界に
 衝突直前の自動ブレーキは、2003年夏に各社が一斉に採用した。2003年6月にホンダが「インスパイア」で世界で初めて実用化したのに続き、2003年8月にはトヨタ自動車が「セルシオ」に、日産自動車が「シーマ」に、それぞれ搭載した。
 各社の自動ブレーキは、クルマが衝突する時の衝撃を緩和するものという位置付けだ。残念ながら障害物にぶつかる前にクルマを止めるものではない。減速度は10~20km/h程度にとどまるため、60km/hで走行している時は衝突直前に40~50km/h程度まで減速するにすぎない。
 理想を言えば、わずか0.6秒間ではあっても、より強力なブレーキをかけて、もっと速度を落とせないかと思える。しかし、各社は強力な自動ブレーキに踏み切れないでいる。
 その最大の理由は、レーダが必ずしも障害物の位置を正確に把握できないということだ。例えばミリ波レーダは、先行車の車体後部からの反射波を受けて先行車の位置を判断する。しかし、クルマの後部は複雑な形状をしているため、反射波は一様に検出できない。このため先行車の位置は大雑把にならざるを得ない。一方、レーザレーダは、先行車のリフレクタからの反射波を検出しているため、先行車の位置や大きさを認識しやすい。しかし、雨や霧など天候の影響を受けると性能が低下する。
 「ミリ波レーダとレーザレーダはそれぞれ得意不得意分野があり、どちらも完全ではない」(デンソー安全走行技術1部部長の手操能彦氏)。
 レーダが先行車の位置や距離を正確に測定できたとしても、先行車とぶつかるかどうかを予測するのは難しい。実際には、自分のクルマと、衝突相手のクルマの両方が動いており、ぶつかるかどうかは最後の最後まで分からない。「ぶつかりそうになったと判断しても、先行車が直前に加速してぶつからないことだってある」(ホンダ)。

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図1●自動ブレーキまでの流れ(ホンダの場合)
衝突の約3秒前に警報を出し、衝突の約1.8秒前に軽いブレーキをかける。衝突を避けられなくなる約0.6秒前で自動ブレーキをかける。

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図2●自動ブレーキの作動範囲
自動ブレーキが作動するのは、ステアリングもブレーキも操作できない状態。国土交通省の技術指針に沿ったもので、各社ともに考え方は同じだ。(日産自動車の資料より)


【PART3:人にぶつからない】歩行者の認識技術
まず夜間向けで実用化
道路横断中の事故を減らす

交通事故死亡者の3割は歩行者で、その6割は道路を横断中に起こっている。現在のレーダでは歩行者を検知できないため、各社はカメラを使った認識システムの開発に取り組んでいる。ホンダが夜間の認識システムを実用化しているほか、DaimlerChrysler社なども開発を進めている。

 カメラによる歩行者認識は、ホンダが2004年10月に発売した「レジェンド」で夜間向けのシステムを世界で初めて実用化した。他社はこれから商品化を検討するという段階である。
 歩行者認識機能の商品化が難しいのには大きく二つの理由がある。(1)歩行者認識のアルゴリズムが未発達(2)プロセッサの処理性能が足りない——というものだ。
 第1の認識アルゴリズムについては、現在のところ決め手となる方式がない。認識アルゴリズムは、部品メーカーや電機メーカー、学術機関が、論文や試作システムを発表している。しかし「人間の動きは複雑。ある状況では認識できても別な状況では認識できないものでは実用化に至らない」(日産自動車総合研究所主幹研究員の高橋宏氏)。
 ステレオカメラによる先行車の認識をいち早く実用化した富士重工業も「クルマはサイズが大きく動きも安定していることから認識しやすかった。歩行者認識も取り組んではいるが、まだ使えるレベルには達していない」(同社 制御開発グループ主査の十川能之氏)と慎重だ。
 トヨタ自動車もステレオカメラを用いた歩行者認識の開発に取り組んでいるが、実用化の見通しは立っていない。
 歩行者認識の実用化が難しい第2の理由は、膨大な処理が必要になるためプロセッサの能力が追い付かないことだ。大学の研究室で高速なコンピュータを使って歩行者認識できるアルゴリズムを開発したとしても、車載コンピュータで実行して処理が間に合わなければ意味がない。
 歩行者認識を実用化するために必要なのは「複数のアルゴリズムを組み合わせて精度を上げ、さらに認識範囲のしきい値を処理が軽くなるように最適に設定すること」(日産の高橋氏)。歩行者の画像認識には、少ない資源を使いながらも賢い判断が求められるということだ。
疑問視する声もある。そもそもドライバーに歩行者の存在を知らせる意味があるのかということだ。ドライバーは常に前方を見て運転しているため、歩行者がいれば認識するのが普通だからだ。「歩行者天国などで地上に10人以上の歩行者が歩いているときや歩道橋の上に歩行者がいるときなどでも、画像認識でドライバーに知らせる必要があるのか」(日産 先行車両開発本部主管の白石恭裕氏)という見方もある。

形状認識かパターンマッチングか
 画像処理を用いて歩行者を認識するアルゴリズムには主に2種類ある。
 ホンダが実用化した「インテリジェント・ナイトビジョンシステム」のように身体的な形状を用いるもの。そして、DaimlerChrysler社と三菱ふそうトラック・バスが開発中のシステムのようにパターンマッチングを用いるものだ(図)。
 ホンダのシステムは、形状的な特徴があるかどうかで歩行者と認識している。原画像の障害物から、電柱や車両を除いたものに対して「頭部や肩の形状があるか」「幅が0.5m程度」「高さが1~2m」などで判定して歩行者と認識する。「テンプレートの形状を作って原画像と比較する方式は処理の負荷が大きいことから採用しなかった」(同社主任研究員の辻孝之氏)という。

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図●DaimlerChrysler社と三菱ふそうの歩行者認識システム
歩行者らしい障害物を検出すると、パターンと照らし合わせて歩行者かどうかを判断する。


【PART4:こすらない】障害物の認識技術
単眼カメラで3次元認識
近距離用レーダの開発も進む

歩行者や他の車両との衝突ほど深刻ではないにしろ、狭い道で電柱にこすったり、駐車場で壁にバンパを軽くぶつけたりした経験を持つ人は多いに違いない。こうした、人間のちょっとした見落としや操作ミスを補助してくれる「こすらない」機能の開発も活発に進んでいる。

 駐車するときぶつけないかどうか。狭い路地でバンパの角をこすらないかどうか。同乗者がクルマから降りてドライバーを誘導するのはよく見かける光景だ。センサが同乗者の代わりにドライバーを誘導し、ドライバーの「勘」に頼っていた操作を補助する「こすらないクルマ」が実現すれば、ありがたみを実感する場面は多いはずだ。むしろ「クルマにぶつからない」あるいは「歩行者にぶつからない」機能よりもありがたいと感じる人は多いかもしれない。

次世代の駐車支援システム
 アイシン精機は、駐車位置を自動検出し、ステアリング操作やブレーキ操作、アクセル操舵まで補助する機能を備えた「次世代駐車アシストシステム」を開発中だ(図)。
 同社がトヨタ自動車と共同開発した現行システムは、トヨタが「プリウス」で「IPA(インテリジェントパーキングアシスト)」として採用している。IPAでは、ドライバーがモニタ上で駐車位置を手動で設定する必要があったが、次世代システムでは、この手間を省くことが可能になる。
 さらに、プリウスではブレーキ操作はドライバーの仕事だったが、次世代システムはクルマがこの操作まで担当する。まだ提供先が決まっていないことから「トヨタ自動車を含め、幅広く提供先を探っている段階」(同社)という。
 次世代システムでは、カメラの画像処理機能を活用することで、駐車位置を自動検出する。縦列駐車時にドライバーが「どこに停めるか迷う」ことがなくなるほか、「停めようとしたら狭すぎてクルマが入らなかった」などということも避けられる。
 さらに同社は次世代システムで、駐車時の運転操作も大幅に軽減させたい考え。IPAは、クリープ走行とステアリング操作の支援による駐車支援で、ブレーキの操作はドライバーの仕事だった。次世代システムでは、ブレーキとアクセル操作の支援も組み合わせる計画。「基本的にはクリープ走行を継続するが、これまでクリープ走行だけでは難しかった上り坂や段差のある道では、アクセル操作も行うことで使い勝手を向上させたい」(同社)のだという。
 次世代システムは、自動駐車システムをイメージさせるものだが、同社はあくまでも支援システムと位置付けている。「ドライバーが乗車していなくても駐車操作を代行してくれるなら自動駐車だが、あくまでもドライバーが乗車しているのが条件」(同社)であるためだ。また基本的にはカメラで外界を認知して障害物を検出しているが「突発的な歩行者の飛び出しなどはドライバーが確認する必要がある」(同社)と、ドライバー主体のシステムであることを強調する。

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図●アイシン精機が開発中の次世代駐車アシストシステム
ITS世界会議で出展した。車両前方、後方、左右のサイドミラーと計4台の単眼カメラを備える。単眼カメラで立体物を認識でき、4台のカメラを用いることで車両周囲全体のほぼ360°を認識できるようにした。