ソニー・グループ,米IBM Corp.,東芝の精鋭が米国オースティンに集まり開発を続けてきた「Cell」。マルチチップ・モジュールで1TFLOPSの演算性能を達成するという当初のゴールは残念ながらあきらめざるを得なかった。アーキテクチャや実装方式をめぐる方針の大転換に,チーム内が上を下への大騒ぎになったことも1度や2度ではない。それでもエンジニアたちは,2003年末までに試作チップの設計を終了するという共通の目標を目指して,着実に自分の担当業務をこなしていった。

 ハードウエアと並行してCellで動作するソフトウエアの開発も順調に進んでいた。プログラムの振る舞いを確認するシミュレータの第1版は,STI Design Centerを設立して約9カ月後の2001年末には完成していた。2002年にはそのシミュレータの上で,Linuxのブートに成功した。PowerアーキテクチャのCPUコアと8個の信号処理プロセサ「SPE」を搭載するCellの性能を引き出すには,プログラミングにも新しい発想が必要だった。開発チームは,複数のOSの並列動作を可能にすると同時にソフトウエア技術者からハードウエアの複雑さを隠ぺいするための「ハイパーバイザ」と呼ぶ仮想化ソフトウエアを作り出した。