日経ものづくり 直言

人を育てる視点が不可欠な
IT投資の本質

 JR西日本福知山線の事故では,安全対策の不徹底,縦割り組織の弊害,制限速度ルールの無視,社内のコミュニケーション不足など多くが指摘されている。製造業でも,人命にかかわらないまでもこれらの問題が起り得る,と感じた人が少なくないだろう。
 製品開発期間短縮のための過密スケジュールによる徹夜の連続,品質レビューの完全性への不安。危ない橋を渡らないで済むプロジェクトは,いまどき少ないのではないだろうか。
 福知山線の事故は,最新のATS(列車自動停止装置)の装備によって防げたという議論も多い。しかし,安全を踏まえた上での秒を争う緻密なダイヤ管理は高度な技術力と運行管理システムのたまものであり,日本的な工程管理と共通する強みだったのではないだろうか。そこでは低い運転能力で事足りるわけではなく,高度な制御機能に見合った高い能力こそ必要だったはずである。
 かつて,CADは熟練者が不要で非熟練者でも容易に製品開発ができるとの誤解があった。しかし,例えばインクス(本社川崎市)がCADで成功したのは,熟練者の設計ノウハウをシステムに組み込んだことだ。絶えざる能力向上とシステム改善によって,未熟な技術者でも金型を設計できるようにしたのではないか。
 思えば,IT投資が生産の自動化を大きく推進してきた時代が,確かにあった。現在,銀行やネットビジネスなどではIT設備産業とでも呼ぶようなビジネスモデルが幅を利かせ,IT投資規模がビジネスの成否を左右するかのようにさえ思える。しかし,それが可能なのは需要が供給を上回り,かつ成長途上である業種だけであろう。

日経ものづくり 直言
武蔵大学経済学部教授
松島 桂樹

1948年生まれ。日本IBM,岐阜経済大学(教授)などを経て2001年から現職。著書に『情報ネットワークを活用したモノづくり経営』(中央経済社)など。