「コンピュータ・アーキテクチャに革命を起こしたい」--ソニー副社長の久多良木 健氏が陣頭指揮を執る次世代マイクロプロセサ「Cell」がついにベールを脱いだ。 4GHz動作で256GFLOPSという圧倒的な演算性能に加えて,拡張性の高さは既存の技術 と一線を画す。開発者による技術論文と併せて,Cellの全貌に迫る。

<産業界への余波を占う>
ゲーム機を出発点に
次の10年を駆け抜ける

 ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)は,3度目の常識破りを実現できるのか--。最初は1994年。任天堂とセガ・エンタープライゼスの圧倒的な強さの前に,新手の参入は不可能とされていた家庭用ゲーム機市場に名乗りを上げ,CD-ROMという新媒体によってゲーム機メジャーになることに成功した。2度目は2000年。枯れた技術を使うことが当たり前だった家庭用ゲーム機に,最新鋭の半導体技術を盛り込む芸当をやってのけ,「大作主義」と非難されながらも,ゲーム機業界において不動の地位を確保した。
 2度あることは3度あるのか。2005年,次なる離れ業としてSCEが繰り出す手駒が次世代マイクロプロセサ「Cell」だ。Cellは,ゲーム機だけを想定したLSIではない。ホーム・サーバからテレビ,携帯機器,そしてワークステーションへの搭載を目指す。

<設計思想をひも解く>
埋め込まれた遺伝子で
変幻自在に進化

 「Cell」が備える最大の技術的特徴は「SPE(synergistic processing element)」と呼ぶ信号処理プロセサの数を増減したり,Cell同士を非常に高速なインタフェースで接続したりすることで,マイクロプロセサの性能を機器の用途に応じて変幻自在に変えられる点にある。
 こうした特徴を基にして,8個のSPEを集積した第1世代のCellを出発点とし,そこから先は用途ごとにSPEの数を変えるなど構成を変えた品種を次々と展開する。そのために開発陣が組み込んだ遺伝子は,今回明らかになったCellの試作チップの内部構造をひも解くことで,くっきりと浮かび上がってくる。

<開発者が自ら綴る>
9個のプロセサを集積した
次世代の汎用MPUを開発

鈴置 雅一
ソニー・コンピュータエンタテインメント
半導体事業本部 マイクロプロセッサ開発部 部長
James Kahle
米IBM Corp.,IBM Fellow,
Broadband Processor Technology Microelectronics Division
増渕 美生
米Toshiba America Electronics Components,Inc.
Director of Engineering STI Design Center

 次世代の汎用マイクロプロセサ「Cell」を開発した。米IBM Corp.の「Power」アーキテクチャに基づく64ビットCPUコアと,128ビットのレジスタを扱う8個の独立した信号処理プロセサ「SPE(synergistic processing element)」から成る合計9個のプロセサ群を1チップに集積した。各SPEにはローカル・ストアと呼ぶ256Kバイトの専用メモリを組み込んだ。このほかCPUコアにはそれぞれ32Kバイトの命令キャッシュとデータ・キャッシュ,512Kバイトの2次キャッシュを用意した。

<トップに聞く>
「一世一度の挑戦だから」
久多良木 健氏


くたらぎ けん
1975年ソニーに入社後,第一開発部,第二開発部,情報処理研究所,総合研究所を渡り歩く。ゲーム機市場への参入を経営陣に直訴,自らも出資し,ソニー・コンピュータエンタテインメントを設立した。「プレイステーション」および「プレイステーション 2」の開発を指揮した。現在は同社 代表取締役社長兼グループCEOであると同時に,ソニーの副社長兼COOを務める。今も「僕はエンジニア」と言い切る。