技術者が「技術」だけを見ていてはヒットは生まれません。ユーザー視点に立った「着想」と、ビジネスとして成功させるための「事業」の視点も必要になります。『美崎栄一郎のヒットの謎解き』では、商品開発コンサルタントの美崎氏が、これらの3つの視点で商品のヒットの理由をひも解きます。

 この写真は1986年、文具/オフィス家具のメーカーとして知られるプラス(本社東京)が同社製「コピーボード」を売り込むために作ったチラシです。同商品は、ホワイトボードに書いた文字を紙に印刷して保存できる電子ホワイトボードのこと。いまやオフィスに1台は置いてあるアイテムですが、実はこれ、同社が世界で初めて開発し、1984年1月に発売した商品だったんです。日本生まれのこの商品、ヒットを受けて国内の大手電機メーカーなどがこぞって参入しましたが、同社はそんな後発大手に負けず、今でも50%以上のシェアを維持し続けています。今回は、このコピーボードのロングヒットの謎を解いてゆくことにいたしましょう。

* 沖電気工業と共同で開発した。沖電気工業とプラスは、同時期に電子ホワイトボードの考案に取り組んでいた。両社は1983年12月に「電子黒板発売」の記者発表会を共同で開いている。

 僕がプラスのコピーボードに興味を持ったのは、別件で同社の取材に訪れた時でした。取材中に話が脱線し、同社が実は電子ホワイトボード(プラス製は「コピーボード」)の先駆者であることを知ったのです。

 先駆者であるだけならまだしも、次の2つの事実を知って興味が湧いてきました。それは、[1]後発として大手電機メーカーが参入してきたのに30年にもわたって首位をキープしている、[2]この30年間、家電やパソコン周辺機器が大幅な価格下落に見舞われているにもかかわらず、電子ホワイトボードはほとんど同じ価格域を維持している、の2つです。

 特に[2]の価格破壊が起きていないことには驚きました。コピーボードの発売は1984年。プラスは当時、他社にOEM(相手先ブランドによる生産)を委託していたようですが、1986年に初めて自社製品を発売しました。それがp.107のチラシにある「BOARDFAX KISS-10」です。当時のメーカー希望小売価格は14万8000円でした。「では今は?」というと、商品ラインアップの中でも基本的な機能を備えた「COPYBOARDN-20」のスタンダードタイプ(ボード面幅1300mm)で、価格は16万5900円(税込み)。ホワイトボードとは思えない重厚な見た目が特徴の上位機種「COPYBOARD F-20」に至っては、26万2500円(同)となっています。価格破壊どころか、むしろ上昇傾向にあるわけです。


〔以下、日経ものづくり2013年12月号に掲載〕

美崎栄一郎(みさき・えいいちろう)
花王で「アタック」などの洗剤や「レイシャス」などの化粧品の開発に携わった元研究開発技術者。花王在籍中に『iPadバカ』(アスコム出版)などを執筆してヒットを飛ばし、『「結果を出す人」はノートに何を書いているのか』(ナナ・コーポレート・コミュニケーション出版)で2010年ビジネス書大賞を受賞した。2011年に花王を退職。現在はビジネス書作家/商品開発コンサルタント。