成熟産業でも革新的な商品は生み出せる。それを証明したのが鳴海製陶の「OSORO」だ。消費者目線を取っ掛かりに、コンセプト、商品、ユーザー体験などあらゆるものをデザインすることでヒットにつなげた。米Apple社などの先進企業も実施しているとみられるデザイン・マネジメント手法について、OSOROの開発を主導した当事者が解説する。(本誌)

 典型的な成熟産業の洋食器業界に新風を吹き込んだ商品がある。鳴海製陶(本社名古屋市)の「OSORO」(オソロ)だ(図1)。食器だけではなく加熱調理器具や保存容器としても使える実用性と、高級洋食器並みの薄さや光沢といった意匠性を兼ね備える。こうしたコンセプトが評価され、市場で想定以上の関心を集めるとともに、国内外のデザイン賞を多数受賞した。一躍ヒット商品となったことで、現在は食器専門店や百貨店など既存の販路に加えて、消費者の嗜好に敏感なセレクトショップやファッション店でも取り扱われている。

 OSOROの特徴は、枚挙にいとまがない。調理/食事/保存の場面ごとに食材を移し替える必要がないので、炊事の効率が上がり、水や収納スペースを節約できる。付属品のリングやふたと組み合わせれば、加熱調理器具や保存容器としての機能は一層高まる。樹脂製の耐熱容器でも同様の実用性は得られなくもないが、フォーマルな食卓にも使えるなど意匠性も含めた食器としての価値は陶磁器のOSOROに軍配が上がるだろう。

 だが、筆者が本稿で紹介するのは、こうしたOSORO自体の特徴ではない。国内市場が縮小する中、慣例に縛られていた老舗メーカーの鳴海製陶がなぜOSOROという画期的な商品を開発できたのか。その過程を振り返りつつ、一歩引いた視点で分析することによって、多くの企業にとってイノベーションの創出につながるヒントを浮かび上がらせたい。

広範な領域をデザインする

 OSOROの開発プロジェクトにおいて、筆者の田子學は「クリエイティブディレクター」として開発をリードし、橋口寛はプロジェクト責任者として事業全体を統括した。そこで実践した活動を一言で表せば、「デザイン・マネジメント」となる(図2)。

 ここでのデザインは、商品の形状や色だけを指すのではない。プロジェクトの在り方や商品のコンセプト、ユーザー体験に至るまであらゆる物事がマネジメントの対象になる。具体的には、社内のチームと筆者のような社外の専門家が密接に協業する体制を構築し、ワークショップなどを通じて消費者の声を深く掘り下げ、技術的な課題を解決してきた。商品の開発だけではなく、そのコンセプトを消費者に正しく伝えるコミュニケーション手法の構築にも力を注いだ。広範な領域でデザイン・マネジメントを実践したからこそ、今日におけるOSOROの成功があるのだ。

 例えば、技術的な課題としては、寸法精度の管理が挙げられる。一般に、陶磁器は焼成によって大幅に収縮するので、寸法のバラつきが大きい。だが、OSOROのコンセプトを実現するには、シリコーン樹脂製のリング「オーコネクター」やふた「オーシーラー」とぴったり合わなければならないので、陶磁器自体に高い寸法精度が求められる。そこで、寸法のバラつきを抑えるために、既存の商品で培った製造技術を深化させた。さらに、耐熱性を持ち、上品な質感を実現する素材「NARUMIO」を新たに開発した。

 コミュニケーション手法については、従来の洋食器と大きく異なる販促活動を展開している。最大の違いは、商品のコンセプトや特徴を消費者に直接伝えようとしていることだ。具体的には、「Twitter 」や「Facebook」などソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)でOSOROのコンセプトや使い方を紹介する「オソロ部」の運営、調理から試食までOSOROのさまざまな使用場面を一貫して体験できるイベントの開催、健康意識の高い人が住むシェアハウス「FRESHshareJINGUMAE」(東京都渋谷区)とのコラボレーション(標準設備としてOSOROを提供)、などである。これらは、単に流行を追っているわけではない。潜在ユーザーにOSOROを正しく理解してもらうという明確な目的に基づいている。

 以下では、まずOSOROの開発プロジェクトを田子(現場)の視点で振り返る。その上で、OSOROの事例から得られるヒントについて橋口(経営)の視点で分析する。