ホンダ イノベーション魂!2では、「人と組織のイノベーション力をいかにして高めていくか」をテーマに、イノベーションの本質を考えていきます。日本初のエアバッグを16年かけて開発した筆者の経験に基づき、イノベーションに成功するためのアプローチや考え方を紹介します。
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 引き続き、ニチアスの佐藤清さんとの議論の内容を紹介しよう。

 前回は、イノベーションに取り組む際に不可欠な「熟慮」をテーマにした。そして、熟慮とは、論理の枠に収まりきらない価値の本質を見抜くことだと指摘した。そのためには、天才ではない我々は考えるしかない。

 しかし、ただ漠然と考えるだけではダメだ。何をどんな局面で考えるかが重要なのである。そこで我々の議論の内容は、本質を見抜くための物事の考え方に移っていった。

 イノベーションに取り組むには、研究開発の方向を決めなければならない。加えて、開発の途中では重要な判断に迫られたり大きな壁に突き当たったりすることが次々と起きる。その時、どのような道筋で物事を考えるかは、プロジェクトの成否を分けるほど重要となる。こうした際の対応法をマニュアル化することは不可能なので、判断や決定の根底にある考え方を身に付けるしかない。

 華やかな技術革新というイメージがあるイノベーションへの挑戦で、考え方を身に付けるというのはいかにも悠長で遠回りに感じられるかもしれない。技術者ならば、考え方など脇に置いてすぐにも技術開発に入りたいと思うだろう。筆者もホンダに入社した当時はそうだった。しかし、今振り返ってみると、結局、イノベーションを成功させるには、熟慮の際の物事の考え方を身に付けることに尽きるとさえ思えるのだ。

 

 そして、物事の考え方を身に付けることは思った以上に難しい。時間もかかるし、センスも問われる。最大の理由は、小学校から大学までを通じて、我々は、答えのある問題をいかに速く間違わずに解くかを徹底的に叩き込まれているからだ。

 価値の本質を見抜いて、その価値を実現する道筋を見いだすのと、答えのある問題を速く解くのとでは、思考回路が全く異なる。頭の使う部分が違うのである。そのため、小学校以来の身に染み付いている思考回路をまず壊し、その上で新たな思考回路をつくらなければならない。

 それには、取っ掛かりが必要となる。フリークライミングで、足場や手を掛ける突起が必要なように、イノベーションにおける熟慮とそのための考え方を身に付ける際にも何らかの手掛かりが欠かせない。

 今回の佐藤さんとの議論のテーマは、その強力な取っ掛かりの1つになる「守破離」である。

 
〔以下、日経ものづくり2013年10月号に掲載〕

小林三郎(こばやし・さぶろう)
中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授
1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。

佐藤清(さとう・きよし)
ニチアス浜松研究所研究開発部門 グループリーダー
1962年東京生まれ。1988年東京工業大学大学院無機材料工学専攻(修士課程)修了。石油精製およびセラミックスメーカーの基礎研究所などを経て、現在,ニチアス浜松研究所に勤務、研究開発部門グループリーダーを努める。繊維強化セラミックスの研究で博士号(工学)を取得。趣味はスキー。