ホンダ イノベーション魂!2では、「人と組織のイノベーション力をいかにして高めていくか」をテーマに、イノベーションの本質を考えていきます。日本初のエアバッグを16年かけて開発した筆者の経験に基づき、イノベーションに成功するためのアプローチや考え方を紹介します。
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 連載再開以来2回にわたり、イノベーションに挑戦するに際して、今の我々がいかに厳しい状況にあるかを述べてきた。しかし、これを嘆くだけでは何も始まらない。今回からは連載のテーマである「人と組織のイノベーション力をいかにして高めていくか」について、実践論に入る。

 それに協力してくれる人がいる。ニチアス浜松研究所研究開発部門グループリーダーの佐藤清さんだ。ニチアスは断熱材やシール材を企業向けに製造販売している、BtoBの企業である。佐藤さんはもともとセラミックスが専門の材料技術者だが、今は断熱材料を含めて研究開発のマネジメントを担当する、ニチアスの研究開発を最前線で支える人である。

 佐藤さんは筆者の『ホンダ イノベーションの神髄』を読んで、自分たちの研究開発の現場に何かが欠けているという想いが募り、編集部を通じて筆者に声を掛けてくれた。そして我々は意気投合し、イノベーションを巡って何時間も語り合った。

 ここから数回は、佐藤さんとの語り合いの内容を基本に、「イノベーションにおける人と組織について考えていく。まずは人、つまり個人の能力から話を始めたい。その点について、佐藤さんに問題意識を語ってもらおう。

論理を超えて考えられるか

佐藤(敬称略) 私は仕事柄、イノベーション・マネジメントに興味があります。これまでに多くのイノベーションの本を読んだりセミナーに参加したりしましたが、なかなか腑に落ちませんでした。それが「オペレーションは論理で、イノベーションは情熱と想いで進め」という小林さんの指摘にはとても納得しました。この視点で自分たちの技術開発を見ると、いろいろなことがすっきりしてきました。

 

 ただ、個人の取り組みという点でうまくイメージできないことがあります。「熟慮」です。小林さんは著書の中で熟慮の重要性を強調しておられます。一方でイノベーションは論理を超えねばならないと指摘します。でも考えるということ自体、論理とは切り離せないのではないでしょうか。論理を超えて考える熟慮とは一体どういうことなのでしょうか。

筆者 そこは本当に難しいところです。確かにある意味で矛盾しています。工学は、インプットとアウトプットの因果関係を論理的に分析することが基本。その上で、因果関係を制御し、特定のインプットからいつも同じアウトプットを引き出すシステムを構築します。この点はエンジンの燃焼状態の制御であっても樹脂成形品の寸法精度の改善であっても基本的には同じです。

 
〔以下、日経ものづくり2013年9月号に掲載〕

* 同書は、本誌の2010年4月号から2012年3月号まで連載した「ホンダ イノベーション魂!」を基に一部加筆修正し、単行本として日経BP社から発行したものです。

小林三郎(こばやし・さぶろう)
中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授
1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。