グローバルセンスは、視野を世界へと広げるために必要なさまざまなテーマを、全ての技術者を対象にして紹介するコラムです。「サムスン競争力の研究」は、韓国Samsung Electronics社の躍進の要因を明らかにし、それを基に日本のものづくりを考察する元同社常務の吉川良三氏の解説です。

 韓国Samsung Electronics社のテレビは、市場で広く販売されている部品、いわゆる汎用部品だけでできている、といっても過言ではない。今日、テレビに限らず、コモディティー(日用品)化された電子機器製品は、ほとんど汎用部品で造ることが可能になっている。Samsung Electronics社では、製品ごとに専用の特殊部品を設計することはほとんどない。

 汎用部品のみを使うことのメリットは2つある。まずユーザーの望む製品を素早く出せること。そしてコストを低減できることだ。これらはコモディティー化された製品において、利益を出すための有効な方法とも言える。

ユーザーの要求に素早く応える

 新興国市場が広がり、それとともに世界の国や地域ごとのニーズが多様化する“グローバル化”が生じたのは2000年前後から、と筆者は考えている。グローバル化以前の、市場がほぼ先進国に限られていた時期は、製品への要求機能は日本市場のユーザーを見て判断すれば済むことが多かった。日本と北米と欧州の各市場でユーザーが製品に望む機能は大きく変わらなかったからだ。しかし、グローバル化以後は「冷蔵庫にはカギを付けたい」(インド市場)とか、「洗濯機でジャガイモを洗えるようにしてほしい」(中国市場)など、新興国市場の中でさまざまな要求機能が生じた。

 こうした新しい要求機能に早く応えるにはどうすればよいか。この課題にSamsung Electronics社が導き出した回答が、すぐに調達できて使いこなせる汎用部品だけで製品を造ることだった。単に製品の中身が汎用部品になるということだけではない。設計、生産、ユーザーサービスのプロセスや考え方も含めた事業のスタイルが全部変わり、結果、市場投入までのスピードが速くなる。

 まず、設計から生産までのリードタイムが非常に短くなる。汎用部品は発注後、せいぜい1週間程度で入手できる。すなわち、設計終了後わずか1週間で量産に入れることになる。これに対し、新製品専用の特殊部品を設計した場合、その部品が納品されるまでに3カ月なり6カ月なりの期間がかかり、当然その分、量産開始時期は遅れる。極めて大きなリードタイムの差が生じることになるわけだ。

〔以下、日経ものづくり2013年8月号に掲載〕

吉川良三(よしかわ・りょうぞう)
東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター
1964年日立製作所に入社後、ソフトウエア開発に従事。1989年に日本鋼管(現JFEホールディングス)エレクトロニクス本部開発部長として次世代CAD/CAMを開発。1994年から韓国Samsung Electronics社常務としてCAD/CAMを中心とした開発革新業務を推進。帰国後、2004年より日本のものづくりの方向性について研究。著書に「サムスンの決定はなぜ世界一速いのか」「勝つための経営」(共著)などがある。