グローバルセンスは、視野を世界へと広げるために必要なさまざまなテーマを、全ての技術者を対象にして紹介するコラムです。2013年4月号からは、韓国Samsung Electronics社の躍進の要因を明らかにし、それを基に日本のものづくりを考察する元同社常務の吉川良三氏の解説を掲載します。

 新興国向けの製品を開発するには、その国のニーズをきちんとつかむことが必要である。当たり前のようだが、決して簡単なことではない。韓国Samsung Electronics社は、このニーズ把握のために「地域専門家制度」という独特の仕組みを持っている。

 地域専門家制度は非常に完成度が高いため、筆者が日本国内でこれを紹介すると、「うちはそんなにお金がないから真ま ね似できない」という反応をもらうことが多い。しかし、地域専門家制度はニーズの把握手段としてSamsung Electronics社がたまたま編み出した方法であり、そのまま真似する必要はない。注目すべきは、単に進出先の国の言葉を話せる担当者を育成することにとどまらず、外国の社会に溶け込んで文化を理解するという、本当のニーズを掘り起こそうとする姿勢である。

3カ月みっちり教育

 この地域専門家制度は、筆者がSamsung Electronics社に移った1988年にはまだなく、1993年ごろから始まった。やがて1997年のIMF(国際通貨基金)危機を経て、新興国のニーズ掘り起こしの有力手段となっていったようだ。

 教育はまず、部課長クラスの候補生をSamsung Electronics社の人材育成機関「人力開発院」の宿舎にカンヅメにして、ほぼ24時間通して語学・文化などについての研修を実施する(図1)。ルール違反をしたりついていけなかったりする人はすぐに帰してしまう。これで3カ月後に卒業試験を実施するころには、多くの候補生が外国語をかなり自由に操れるようになる。
〔以下、日経ものづくり2013年7月号に掲載〕

図1●地域専門家育成の仕組み
図1●地域専門家育成の仕組み
語学の習得に加えて、文化を学ぶことに重点がある。

吉川良三(よしかわ・りょうぞう)
東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター
1964年日立製作所に入社後、ソフトウエア開発に従事。1989年に日本鋼管(現JFEホールディングス)エレクトロニクス本部開発部長として次世代CAD/CAMを開発。1994年から韓国Samsung Electronics社常務としてCAD/CAMを中心とした開発革新業務を推進。帰国後、2004年より日本のものづくりの方向性について研究。著書に「サムスンの決定はなぜ世界一速いのか」「勝つための経営」(共著)などがある。