2013年4月号から「『つなげない』を『つなぐ』 最新接合技術の可能性」をお届けします。専門の技術者・研究者が、従来は難しいとされていた接合を実現する最新技術のメカニズム、既存技術の新たな応用展開の広がりについて解説します。

980MPa級高強度鋼に適用する

 第1回では、革新的な溶接プロセスを紹介した。その名も、「クリーンMIG溶接」1)*1。アーク溶接の一種で、純アルゴン(Ar)ガスでシールドしながら溶接する手法だ。同軸複層ワイヤ法と電離プラズマMIG溶接法の2種類があり、従来「つなげなかった」厚板鋼板に適用できるなど今後の展開が期待される。今回は、そんなクリーンMIG溶接の実構造物への適用の可能性を解説する。

 溶接の対象は、引っ張り強さが980MPa級の高張力鋼(以下、HT980)に代表される高強度鋼である。一般鋼材の約2.5倍の強度を持ち、実構造物に適用した場合には、設計応力を高めて板厚を薄くできる。結果、軽量化や溶接工数削減、工期短縮、省エネルギといったさまざまな果実が得られる。

 一方で、高強度鋼は溶接性に課題を持つ。溶接時に、大気中の水分や溶接材料に含まる水分から拡散性水素*2が鋼中に浸入し、溶接後約300℃以下に冷却してから破壊する「溶接低温割れ」などが起きやすい。この割れは溶接後しばらくしてから生じるため、「溶接遅れ割れ」と言われることもあるが、本稿では以降、課題となる溶接割れを「低温割れ」と呼ぶ。併せて、溶接熱の影響で溶接部がもろくなりやすく、破壊に対する安全性が低いという課題もある。

 こうした事情から、HT980のような高強度鋼の適用は限定的だった。実際、橋梁に使われる鋼材は引っ張り強さで780MPa級の高張力鋼までだ。HT980の採用実績はない。かつて、球形タンクにHT980を試験的に使った例はあるものの2)、結局実用化しなかった。建築鉄骨でもHT980の適用が検討されてきたが、継手には溶接ではなく、主に高力ボルト(ハイテンボルト)で検討されている。
〔以下、日経ものづくり2013年5月号に掲載〕

*1 第1回でも紹介したように、この技術はNEDOプロジェクト「鉄鋼材料の革新的高強度・高機能化基盤技術研究開発」(NEDOプロジェクト)で開発された。その目的は、革新的溶接プロセスと新機能溶接材料を開発して継手部性能を母材性能に匹敵するまで飛躍的に向上させることで、我が国が得意とする高強度鋼や低温用鋼の実用範囲を大きく広げ、技術的かつ経済的に世界をリードすることにある。クリーンMIG溶接の適用対象となる板厚は25mm以上。ちなみに、同じNEDOプロジェクトで開発されたレーザ溶接の適用対象板厚は25mm以下である。

*2 拡散性水素:溶接部の結晶格子内を移動する水素原子。

参考文献:1)平岡和雄,「[解説]NEDOプロジェクト『鉄鋼材料の革新的高強度・高機能化基盤技術研究開発』」,『配管技術』,Vol.50,No.14,2008.

参考文献:2)中村素,山崎康久,「100kg/mm2級高張力鋼IN鋼(WEL-TEN100N)の溶接性および球形タンクの製作」、『石川島播磨技報』,Vol.5,No.23,1965

中西保正(なかにし・やすまさ)
IHIフェロー・技監
1974年大阪大学大学院工学研究科修士課程修了、1986年工学博士(大阪大学)取得。1974年石川島播磨重工業(現IHI)入社。技術開発本部生産技術センター副所長、理事・技監を経て2010年フェロー・技監、現在に至る。NEDOプロジェクト「鉄鋼材料の革新的高強度・高機能化基盤研究開発」で、溶接技術サブグループでサブリーダ、および同サブグループのサブ課題レーザ溶接タスクフォースリーダを務める。

山岡弘人(やまおか・ひろと)
IHI技術開発本部生産技術センター溶接技術部部長
1990年京都大学大学院工学研究科修士課程修了、2001年工学博士(大阪大学)取得。1990年石川島播磨重工業(現IHI)入社、2012年技術開発本部生産技術センター溶接技術部部長、現在に至る。NEDOプロジェクト「鉄鋼材料の革新的高強度・高機能化基盤研究開発」で、クリーンMIG溶接およびレーザ溶接技術の開発を担当する。