「独創的な製品を生み出すためのイノベーティブ思考法」では、潜在的価値を発掘するための思考法・手法やそれを使いこなせる人材の育成法を取り上げます。社会人向け教育を手掛ける慶応義塾大学の教員が、実際の企業事例に沿って紹介していきます。

 情報産業の発展や新興国の台頭に伴い、日本では「ものづくりの時代は終わった」などという言説を目にする機会が増えてきました。実際、日本のGDP(国内総生産)に占める製造業の割合は今後低下していくでしょう。手をこまぬいていれば、個々の企業も衰退してしまいます。

 こうした閉塞状況を打破すべく、多くの企業が既存の製品や技術を磨いて最先端のものづくりに特化しようとしています。しかし、筆者はもっと魅力的な戦略を提案したいと思います。それは、「もの・こと・ひとづくり」によるイノベーションの実現です。

 もの・こと・ひとづくりとは、製品を開発する過程(ものづくり)で、単に機能や性能を強化するだけではなく、顧客が潜在的に求めている価値を発掘・提供(ことづくり)し、さらに価値を発掘・提供できる人材の育成(ひとづくり)までも一体的に進める活動です。そのために不可欠な思考法や手法について、筆者らは「システムデザイン・マネジメント」という学問(以下、SDM学)として普及を図っています。

 そこで本コラムでは、実際にSDM学の思考法・手法を用いて画期的な新製品を開発した企業の事例を基に、もの・こと・ひとづくりからイノベーションを生み出すまでの流れを紹介します。今回はもの・こと・ひとづくりがイノベーションの実現に必要な理由とそれに用いるSDM学の概要を、次回以降は事例に沿って具体的な思考法・手法の使い方を説明していきます。
〔以下、日経ものづくり2013年2月号に掲載〕

前野 隆司(まえの・たかし)
慶応義塾大学大学院 教授
1986年東京工業大学修士課程修了、キヤノンに入社し超音波モータの開発や生産技術に従事。1995年慶応義塾大学専任講師。助教授を経て、現在同大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授。ロボティクス、ヒューマン・マシン・インタフェース、脳科学、幸福学、教育方法論、地域活性化など、人間に関わるさまざまな研究に取り組んでいる。著書に『思考脳力のつくり方』(角川書店)など多数。