第2部:ダイソンのものづくり哲学

他社を見ず、消費者にも聞かない
革新技術に時間と資金を注ぐ

 「吸引力なら、やっぱり、ダイソンですね」─。この一言が、Dyson社の掃除機を売る際の決定打になることが多いと、複数の量販店の店員が語る(図1)。

 競合メーカーの掃除機の性能が決して劣っているわけではない。むしろ、軽さや静音性、センサ表示などでは優位にある。事実、Dyson社の掃除機に「重いし、音が大きい」(前出の店員)という不満を挙げる人もいる。しかも、価格は最上位機種で9万2800円と高い。

 それでも、「吸引力」という一点で、ゴミをきれいに吸い取りたいと望む消費者がDyson社の掃除機を選んでいく*1。同社の掃除機が追求した吸引力という価値を認め、そこに決して安くはない対価を支払う消費者は幅広く存在するということだ。

 そのことは業績の数字が雄弁に物語っている(図2)。Dyson社が2012年9月に公表した2008~2011年度(1~12月)の売り上げは右肩上がりに推移し、2011年度には1400億円(10億ポンド、1ポンド=140円換算)を突破した。特筆すべきは利益率で、ここ3年は29.5%、26.7%、29.0%と極めて高い水準を維持している。

 本質機能の一点に絞り込むものづくりにおいて、世界で最も成功を収めている企業の1つがこのDyson社だ。その成功の秘訣は、日本メーカーとは異なる同社の「ものづくり哲学」にある。[1]競合他社は見ない、[2]潜在的な不満に着眼する、[3]マーケティング調査はしない、[4]商戦は無視する、[5]安売りはしない─といった具合だ。以下、これら5つの観点から、同社の製品開発に対する取り組み方を詳しく見ていこう。
〔以下、日経ものづくり2013年2月号に掲載〕

図1●Dyson社の掃除機「DC46」
図1●Dyson社の掃除機「DC46」
遠心分離の原理を応用し、吸引力が低下しない掃除機を実現した。紙パックが目詰まりして吸引力が落ちる従来の掃除機とは違う価値を提供することで売れ続けている。
図2●Dyson社の業績
図2●Dyson社の業績
2012年9月に同社は初めて業績を公開した。2008年のリーマン・ショックや世界同時不況、欧州の金融危機の影響をものともせず、右肩上がりの売り上げと30%に迫る高い利益率を誇っている。

*1 購入者は決して富裕層とは限らない。実際、同社がユーザー調査を行った結果、年収にも市場にも特に偏りは見られなかったという。