海外のEMS(電子機器の受託生産サービス)企業やODM(相手先ブランドによる設計・生産)企業の台頭が著しい。スケールメリットを最大限に生かす形で、電子機器を中心に世界の生産基地としての存在感は増す一方である。これからの時代、どのような製品を海外に任せばよいのか、その際、海外のEMS企業やODM企業とはどのように付き合っていけばよいのか。シリーズ特集「製造の最適解を探せ」の第2回「海外に任す」では、この答えを追う。世界最大のEMS企業である台湾Hon Hai Precision Industry社(Foxconn)のものづくりの神髄に迫った特別寄稿とともにお届けする。(大石基之)

第1部:潮流の変化

加速する海外への生産委託
「下請け」から「真のパートナー」へ

 ある国内大手電機メーカーは、2012年に入って、新規開発するすべての電子機器について、自社で製造した場合と海外を中心とするEMS/ODM企業に生産委託した場合を綿密に比較して開発・生産体制を決めることをルール化した。以前は検討もされなかったスーパーコンピュータですら、今年に入って、EMS/ODM企業の利用を真剣に検討し始めたという。

 日本の電子機器メーカーは従来、ゲーム機やノートパソコン、液晶テレビ、デジタルカメラといった民生機器のローエンド/ミドルレンジ機を中心に海外のEMS/ODMを活用するケースが多かった。ここにきて、ハイエンドのデジタル民生機器や産業機器、車載機器などの用途にEMS/ODMの活用を広げつつある。

 車載機器などの生産を請け負う海外EMS大手の米Jabil Circuit社の日本法人ジェイビルジャパンによれば「最近、国内で特に車載機器関係の引き合いが強まっている」(同社営業本部本部長の木村正雄氏)という。具体的には、「走る・曲がる・止まる」といった人間の命に直結しない、例えばカーナビやカーオーディオ、キーレスエントリ・システムなどで海外EMSへの生産委託が模索されているという。
〔以下、日経ものづくり2012年11月号に掲載〕

寄稿

Apple製品の生産における力関係に変化の兆し
1社独占から複数社生産へ、台頭するPegatron社
――山田泰司(EMSOne 編集長)

 米Apple社の「iPhone」や「iPad」の生産を巡るEMS企業の力関係に変化が生じ始めた。従来、これらの端末の生産ではEMS世界最大手の台湾Hon Hai Precision Industry社(鴻海精密工業、通称:Foxconn)が圧倒的な強さを発揮していたが、ここにきて新たな企業の台頭が目立ってきた。その企業とは、台湾のパソコンメーカーASUSTeK(エイスース=華碩)からパソコン受託生産部門が独立して2008年に設立された、台湾Pegatron(ペガトロン=和碩)社である。

 「子会社の蘇州工場を見学した時のこと。案内役の社員に、『iPhoneはどこで造っているのか』と聞いたのです。そうしたら、『あなたクラスの社員に、この工場で何を造っているかは教えられない。ましてや、iPhoneかどうかなんてことは、なおさらね』と言われました。ムッとした一方で、親会社の社員にまで隠すなんて、Apple社がサプライヤーに秘密を厳守させるという噂は本当なんだな、と思ったことを覚えています」。

 こう語るのは、ネットブックで一世を風靡し、2012年に米Google社の新型タブレット端末「Nexus 7」の生産を請け負って勢いに乗るASUSTeK社の中国法人に勤務するある社員。そして、この社員が見学したという工場こそがPegatron社の蘇州工場である。
〔以下、日経ものづくり2012年11月号に掲載〕

第2部:キラリと光る海外企業

事例:台湾Catcher Technology社(金属筐体)
高級志向と市場の寡占化で
売上高利益率30~40%を継続

 EMS /ODM 企業は薄利多売──。こうした常識を覆す企業が台湾に存在する。電子機器などに使われる金属筐体の世界最大手ベンダーであるCatcher Technology社だ。同社の直近の売上高営業利益率は軒並み30~40%に達する(図1)。EMS世界最大手企業である鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry:通称Foxconn)の売上高利益率が2%前後であることを考えても、傑出した利益状況といえる。

 Catcher社は1984年創業の企業。過去12年間で売上高を約30倍に増やし、2011年の売上高は約359億台湾ドル(約969億円)に達する。中国や台湾に工場を持ち、従業員数は3万5000人を超える。ODM企業などに金属筐体を提供する形態を採っており、製品に自社ブランドは付けていない。黒子に徹している。

 そんなCatcher社の売上高利益率が極めて高いのは、「販売価格がなかなか低下しない」(同社VP, Corporate FinanceのJames Wu氏)からである。
〔以下、日経ものづくり2012年11月号に掲載〕

図1●売上高営業利益率が30~40%前後で推移
図1●売上高営業利益率が30~40%前後で推移
Catcher Technology社は電子機器向けの金属筐体で高い世界シェアを持っていることなどで好業績を続けている。同社の資料を基に本誌が作成。

事例:台湾ASIA OPTICAL社(デジタルカメラ)
高級コンパクト機のODMに軸足
2013年半ばにミラーレス機も

 「我々は高付加価値路線の追求に舵を切った。今後は台湾企業といえどもコスト勝負では行き詰まるからだ」。デジタルカメラなどのEMS/ODM事業を展開する台湾ASIA OPTICAL社Chairman&CEOのRobert Lai氏は力を込める。

 ASIA OPTICAL社は1981年創業の企業で、光学レンズ技術を強みに、デジタルカメラのEMS/ODM事業の他、ライフル用スコープや測距儀、プロジェクター装置などの開発・製造を手掛けている。2011年の売上高は約8億6200万米ドルで、約2万5000人の従業員を擁する。

 ASIA OPTICAL社が高付加価値路線に軸足を移すきっかけとなったのは、とどまるところを知らないデジタルカメラの単価下落である。同社がデジタルカメラのEMS/ODM事業を始めたのが2001年。「当時、我々は最大の強みであるレンズのみならず、金型なども自社で内製していた。この頃はデジタルカメラの価格が適正だったこともあり、十分な利益が出ていた」(ASIA OPTICAL社のRobert Lai氏)という。

 しかし、ここ数年でコンパクト機を中心にデジタルカメラの単価は急速に下落した。「我々がデジタルカメラのEMS/ODM事業を始めた頃は、600万画素の3倍ズーム機の小売価格は229米ドルだった。これに対して、現在は1600万画素の3倍ズーム機の小売価格はわずか69米ドルになってしまっている」(ASI AOPTICAL社のRobertLai氏)。
〔以下、日経ものづくり2012年11月号に掲載〕

事例:台湾SerComm社(通信機器)
日本品質を中国コストで
国内市場の売上10倍超へ

 「コストは低いものの、品質には満足できない」──。海外のEMS/ODM企業にこのような印象を持つ技術者は少なくないだろう。こうした状況の中、生産は中国や台湾で行い低コスト化を実現しながら、日本でテストや品質検査を実施するというユニークな手法を採ることで、冒頭の課題の解決を図っているのが台湾SerComm社である。

 SerComm社は、1992年に台湾で設立された、無線LAN向けの通信機器などの開発・生産を手掛けるEMS/ODM企業である。これまでは、主に欧米の顧客向けにWiFiルーターや各種ゲートウエイ、セットトップボックス、IPカメラなどの製品を提供してきた(図2)。グローバル市場を対象に事業展開しており、例えば、同社が提供している、住宅のエネルギ管理システム「HEMS(homeenergy management system)」向けゲートウエイ装置は、世界の5大通信キャリアのうち、米AT&T社、米Verizon社、英Vodafone社など4社に既に採用されているという。
〔以下、日経ものづくり2012年11月号に掲載〕

図2●無線LAN対応の通信機器を製造するSerComm社
図2●無線LAN対応の通信機器を製造するSerComm社
台湾SerComm社はWiFiルーター、ブリッジ、各種ゲートウエイ、IPカメラなどの製品を受託開発・製造する。SerComm社の資料に基づく。