6月17日、フランスで開かれた「ル・マン24時間レース」で、ドイツAudi社のHEV(ハイブリッド車)「R18 e-tron quattro」が総合優勝した。2位も同じR18 e-tron quattro。HEVが走れるルールができた最初の年に、HEVが1位、2位を独占したことになる。一方、トヨタ自動車のHEV「TS030 HYBRI D」はゴールできず、Audi 社に優勝を許したが、スタートから5時間過ぎには、一時先頭を走る速さを見せた。
 2012年8月に米コロラド州で開かれる「パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム」。もともとアマチュアが和気藹々とやっていて、真剣勝負は似合わないレースなのだが、今年は違う。日本から多くのEV(電気自動車)が乗り込んで速さを競う。出場する「EVクラス」は、本来「無制限クラス」より速いことは期待されていないクラスなのだが、昨年エンジン車でコース記録を出したタジマモーターコーポレーション会長兼社長の田嶋信博氏は「その記録を超えることが目標」と意欲満々だ。
 HEV、EVでも、レースが“走る実験室”として機能し始めた。(浜田基彦)

Part1:市販車の進化のために

レースは目的でなく手段
次期のHEV/EVに反映

ル・マン24時間レースで1位、2位をHEVが独占した。8月のパイクスピークスでは昨年の優勝タイムをEVで超えることを狙うチームがある。HEV、EVが「環境に良い」だけでなく速いクルマとして認められる時代になった。モータースポーツを取り巻く環境は厳しく、市販車へのフィードバックが問われる。ル・マン、パイクスピークのために開発したクルマの技術は、既に市販車に反映されている。

 今のモータースポーツには“成果”が求められる。2008年にホンダが、2009年にトヨタ自動車がF1から撤退したとき、2009年に三菱自動車工業が「ダカールラリー」から撤退したとき、費用対効果を徹底的に問われた。
 以来、モータースポーツは文化でも精神でも情熱でも伝説でもなくなった。「市販車を進化させてこそ」(トヨタ自動車モータースポーツ部主査の村田久武氏)という位置づけがはっきりしてきたのである。
 F1から撤退したトヨタが「ル・マン24時間レース」にHEV(ハイブリッド車)で参戦した(図1)。ダカールラリーから撤退した三菱が「パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム」にEV(電気自動車)で参戦する。HEV、EVのモータースポーツ参入が相次いでいるのは、その費用対効果が、ガソリン車に比べて高いためだ。世の中に出て日が浅いHEV、EVは、エンジン車と違い、幼い子供のようなものである。モータースポーツで過酷な経験をさせることの価値が、“大人”であるガソリン車より大きい。

以下、『日経Automotive Technology』2012年9月号に掲載
図1 ル・マン24時間レース
図1 ル・マン24時間レース
今年は24万人の観客が集まった。1位は24時間で378周、5151kmを走った。

Part2:HEVで耐久レース

対照的なAudi社とトヨタ アシストは前輪か後輪か

Audi社の「R18 e-tron quattro」とトヨタ自動車の「TS030 HYBRID」。2012年のル・マンを走った2車種のHEVは、何から何まで対照的だった。Audi社はモータで前輪をアシストし、トヨタは後輪をアシスト。Audi社はエネルギをフライホイールに、トヨタはキャパシタに蓄える。Audi社は過給ディーゼルエンジン、トヨタは自然吸気ガソリンエンジンだ。

 Audi社の「R18 e-tron quattro」(以下quattro)はモータで前輪をアシストする(図2)。トヨタの「TS030 HYBRID」(以下TS030)は後輪をアシストする。この選択が問題になったのは「モータ/発電機によるエネルギ回生、アシストは前輪または後輪で行う」という規則があるからだ。トヨタはもともと4輪にモータを付けたかった。実際にアイシン・エィ・ダブリュが前軸モータシステムを、デンソーが後軸モータシステムを開発し、走行試験もしていた。それを主催者のFIA(国際自動車連盟)が、「あまり高度なことをすると参加者が減ってしまう」と抑え込んできた。同じ意図から、「ブレーキ地点間のアシストエネルギは最大0.5MJ」という規則も決まったようだ。

以下、『日経Automotive Technology』2012年9月号に掲載
図2 Audi社の「R18 e-tron quattro」
図2 Audi社の「R18 e-tron quattro」
モータを前に置いて回生、駆動する。

Part3:EVでヒルクライム

空気薄く短距離は有利
エンジン車の記録に挑むチームも

「パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム」は坂を上る競技だ。156カ所のカーブがあり、標高はスタート地点が2862m、ゴール地点が4301m。このため空気は薄く、ガソリンエンジン車では低地の約6~7割の出力しか出ない。距離も約20kmと短く、EVに有利なレースである。8月、ここに日本からEV(電気自動車)が集まって、最速を競う。

 今年の「パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム」には日本から5台のEV(電気自動車)が参加する。TEAM APEV with モンスタースポーツの「モンスタースポーツ E-RUNNERパイクスピークスペシャル」(図3)、三菱自動車工業の「i-MiEV Evolution」と「Mitsubishi i」の2台、TEAM SHOW(Show Aikawa World Rally Team)の「EV P002」、チーム・ヨコハマ・EVチャレンジの「HER-02」だ。このうちMitsubishi iだけは市販しているMitsubishi i(日本名「i-MiEV」)に安全装備を付けたもので、ほかの4台がレース用に開発、製作したクルマだ。
 パイクスピークに3回出ており、EVクラスの最速記録を保持するチーム・ヨコハマ・EVチャレンジの塙郁夫氏によれば、EVは出力で2倍くらいのガソリン車に勝てるのだという。
 まず空気密度が平地の約6~7割しかないので、自然吸気エンジンではそれに比例して出力が下がる。過給エンジンでは過給圧を上げるように制御すればよいのだが、タービン仕事が増えるなど、ある程度は影響を受ける。さらに、エンジンの場合は最高回転数で最高出力を出すのに対し、EVは回転数ゼロから出せる。電池を床ぎりぎりに置くので重心が低い。シフト操作がなくアクセル、ハンドル操作に集中できる。エンジン音がしないのでタイヤのスキール音がよく聞こえ、限界一杯で走れる。
 なお、スキール音は今後どうなるか分からない要素である。EVは音もなく走る。パイクスピークはサーキットと違ってコースと観客を仕切るフェンスがないため、危険だという声もあり、一部のチームはサイレンを鳴らして走る。今後、これが義務になれば、利点とは言えなくなる。
 出力を発表している中で最強であるTEAM SHOWのEV P002は350kWだから、塙氏の説に従って2倍にすると700kW。昨年優勝したエンジン車の出力は670kWだから、いい勝負になりそうだ。

以下、『日経Automotive Technology』2012年9月号に掲載
図3 TEAM APEV with モンスタースポーツの「モンスタースポーツ E-RUNNER パイクスピークスペシャル」
図3 TEAM APEV with モンスタースポーツの「モンスタースポーツ E-RUNNER パイクスピークスペシャル」
前ヒンジのキャノピー構造で、視界を広くした。