第1部<全体像>
「ないものは作ればいい」
動き出す新市場

「スポーツ」をキーワードに、エレクトロニクス業界の新しいビジネスが生まれる。中心となるのは、身体などの動きを捉える計測技術と、動きデータを可視化する技術だ。スマートフォンの普及が、スポーツのデジタル化を加速する。

エレクトロニクスがスポーツを変える

 エレクトロニクス技術の進化が、スポーツ分野に大きな変化をもたらそうとしている。その範囲は幅広い。市民ランナーの趣味のジョギングから、トップアスリートの競技スキルの向上、娯楽性を高めたスポーツ興行の運営まで、スポーツに関わる多くの場面にエレクトロニクスを基盤にしたデジタル技術が入り込む。

 その中核は、プレーヤーの身体に加え、ボールやラケットといったスポーツ関連の物体の動きをデジタル・データに変換する計測技術と、そのデータを可視化する技術である。スマートフォンの普及や、加速度センサなど各種センサの小型化・コスト低下、画像処理の進化などが、それらの技術を支える。

 人体の動きは、自由度が高く、そして高速である。トップアスリートの水準に近づくほどに計測の難易度は高まる。それが故に、現状は捕捉し切れない分野が残ったまま。身体という最も身近な存在にもかかわらず、さながら「未開の大陸」だった。

 ここにきて、この大陸で新しいビジネスを開拓する取り組みが活発になっている。スポーツ向けのデジタル技術に、エレクトロニクス・メーカーをはじめ、スポーツ用品やヘルスケア関連など多くの分野の企業が群がり始めた。今後1~2年で、「デジタル・スポーツ」とも言うべき新大陸で領土の拡大を目指す競争が本格化する。

『日経エレクトロニクス』2012年7月23日号より一部掲載

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第2部<事例編>
センサ、スマホ、無線、HUD
まさに「技術の宝石箱」

 エレクトロニクス業界で注目を集める先端技術が今、スポーツ分野に結集している。普及が著しいスマートフォン、小型化やコスト低下が進む各種センサ、米Google社の新プロジェクトで話題を呼ぶヘッドアップ・ディスプレイ(HUD)、写真共有サービスや監視カメラ向けに新しい用途が拓けた画像処理など、まるで「エレクトロニクス技術の宝石箱」の様相だ。

 スポーツ分野は今後、「かねて嘱望されながら、なかなか離陸しなかった技術」や「全く新しく開発された技術」などの実験場になる。トップアスリートから趣味のスポーツまで、動きの自由度が高く、高速な人やモノの振る舞いを計測する──。この挑戦が、エレクトロニクス技術の進化を牽引していく。

 「ランニング/ウォーキング」「テニス」「スキー」「サッカー/ラグビー」「サイクリング」「野球」の六つの事例で、デジタル・スポーツの現状を見ていこう。

『日経エレクトロニクス』2012年7月23日号より一部掲載

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第3部<要素技術編>
アスリートの神秘を
電子技術が解き明かす

神秘的でさえあるアスリートの美しい体の動き。これまでは見えなかったその細部やメカニズムを可視化し、技能向上などに生かす。センサ技術などを駆使したそうした試みが始まった。

これまで見えなかった体の動きが見えてくる

 米国カリフォルニア州サンノゼ。この街のスポーツ・グラウンドで、ある「実験」にいそしむ日本人アスリートの姿があった。2004年のアテネ五輪で金メダルに輝いた、ハンマー投げ選手の室伏広治氏である。

 室伏氏は投てき用サークルに入り、手にしたハンマーをゆっくりと回転させ始めた。ハンマーの回転が加速するにつれて、近くに置いてあるスピーカーが「ブォーン」とうなりを上げる。やがてハンマーは室伏氏の手を離れ、遠くへ飛び去った──。

 室伏氏がここで行ったのは、新しいトレーニング法の有効性を確かめる実験だ。ハンマーのワイヤ部分には、ワイヤ方向の加速度や回転方向の角速度を測るセンサが取り付けられている。センサの計測値は近くのコントローラ装置に無線伝送され、計測値に応じた音に変換されてスピーカーから流れる。室伏氏はこの音を聞き、ハンマーの回転をうまく加速できているかどうかを、投てき動作中に把握できるという仕組みだ。

見えなかった動きを可視化

 室伏氏らの試みは、一例にすぎない。アスリートの美しい動きを捉える試みはこれまでもなされてきたが、ベールに包まれた部分が多く残っている。それを定量化する試みが、あちこちで芽吹き始めている。

 その方向性は大きく三つある。(1)場所を問わずにアスリートの動きを測れるようにして、運動計測の適用範囲を広げる、(2)体の動きと筋肉や腱など体内組織の働きをリンクさせて、トレーニング効果の向上などにつなげる、(3)試合中の選手やボールの動きの全体を丸ごと定量化して、実戦時のパフォーマンスを把握する、というものだ。以下では、それぞれの取り組みとそれを支える要素技術を紹介する。

『日経エレクトロニクス』2012年7月23日号より一部掲載

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