第1部<総論>
新技術の“ゆりかご”に
事業者が導く新たな姿

次世代技術の「実証の場」として鉄道分野が注目を集めている。鉄道事業者が省エネ対策や新サービスの展開に力を注いでいるためだ。多くの設備を自前で持つ鉄道事業者は、次代のエネルギー・システムを担う力を秘めている。

鉄道分野が実証の場に
(イラスト:楠本礼子)

 次世代パワー半導体や大型蓄電システム、ワイヤレス給電、仮想現実(AR)技術──。こうした先端技術を、鉄道分野から実用化させようとする動きが加速している。鉄道分野を「実証の場」として積極的に活用し、新技術普及のきっかけにするというものだ。

 鉄道分野が、先端実証の場になるのには理由がある。鉄道事業者が厳しい環境変化の真っ只中にあり、サービスの付加価値向上や経営の合理化に全速力で取り組んでいるからだ。鉄道事業者が目指すゴールにたどり着くには、新技術の助けが必要となる。このため、まだ普及が進んでいないような先端技術も貪欲に取り込み、それが結果的に、新技術の“ゆりかご”の役割を担うのである。鉄道で実証された新技術はその後、広く社会に浸透していくことになる。

 鉄道事業者がさらされている環境の変化とは、「省エネルギーへの厳しい要求」と「少子高齢化」である。鉄道を実証の場に、大きな飛躍を遂げようとしている新技術は、この二つの事項に関連するものが中心だ。

『日経エレクトロニクス』2012年5月14日号より一部掲載

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第2部<車両編>
SiCインバータや蓄電システム
ワイヤレス給電の採用拡大

電力損失の低減や安定的な電力供給などを目的に、エネルギー分野の新技術が鉄道車両に続々と採用されている。車両の駆動に向けたインバータや蓄電システム、ワイヤレス給電の最前線を追った。

鉄道車両に先端技術を投入

 先端技術を導入できる実証の場となりつつある鉄道分野。中でも鉄道車両では、省エネ技術や電力管理技術、送電技術など、エネルギー分野の新技術導入が活発化している。鉄道車両向けのモータやモータを駆動するインバータ、蓄電システム、ワイヤレス給電などの技術である。

 インバータ技術では、SiC(炭化ケイ素)と呼ばれる新材料を用いたパワー半導体素子の利用が始まった。現行のSiよりも、電力損失を大幅に削減できる。モータ技術でも、従来の誘導方式のモータよりも、省エネに向くとされる永久磁石式同期モータを採用する車両が増えている。

 エネルギー効率を高めるために、蓄電池を車両に搭載する動きも始まった。例えば日本貨物鉄道(JR貨物)は、ディーゼル・ハイブリッド車両の量産車を導入予定だ。

 もう一つの目的は、回生電力の利用効率の向上である。ブレーキ時に架線に電力を戻して効率を高めるのが主流だが、他に電力を使ってくれる車両がいないと架線電圧が上昇してしまい、電力を再利用できない。そこで、回生できない分は車両内の蓄電池にためて次の加速に利用する。こうした検討が始まりつつある。

 鉄道車両へのワイヤレス給電は、リニア鉄道など時速350km超という超高速で走る車両に向けて、研究・利用が進んでいる。高速ではパンタグラフなどを使いにくいとの理由からだ。最近は、架線保守作業の軽減や景観の維持などの観点から、走行速度の遅い在来線でもワイヤレス給電技術を検討する動きが出ている。

『日経エレクトロニクス』2012年5月14日号より一部掲載

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第3部<駅舎編>
新サービスと省エネ技術で
沿線の魅力を高める

新サービスや広告事業拡大に向けた新技術が、駅舎などの付帯設備に投入され始めた。一方、サービス拡充や駅内施設の増加などから、駅舎での消費電力は増大傾向にある。そこで、太陽光発電システムやLED照明などの省エネ技術の採用も活発化している。

付帯設備も先端技術の実証の場に

 鉄道車両だけでなく、駅舎のような付帯設備も先端技術の実証の場になってきた。具体的には、「位置情報サービス」「デジタル・サイネージ」「高速データ通信」「省エネ」に関する技術である。

 駅構内はGPS信号が入りにくい場所でありながら、駅の魅力を高めるために位置情報サービスの導入意欲が高い。そのため、無線LANやAR(拡張現実感)技術を使ったスマートフォン向けの位置情報サービスの導入が始まっている。

 デジタル・サイネージに関しては、高い広告効果を期待できることから、広告売上高は右肩上がりだ。さらに、次世代のサイネージ技術の実証も始まっている。例えば、顔認識技術を導入したサイネージ機器を駅舎に設置して実証試験が行われた。

 スマートフォンやタブレット端末の普及に伴って、高速なデータ通信サービスへのニーズも急速に高まっている。中でも、電波が届きにくい地下や時速200km以上で走る高速鉄道での要求が強い。そこで、地下や高速鉄道でも安定、かつ高速なデータ通信を提供する技術開発が始まった。

 こうしたサービスの多様化に加え、エスカレーターや空調機器、店舗の拡充などで駅舎のエネルギー消費量は増加傾向にある。そこで、駅舎の省エネ化が本格化している。例えば、各鉄道事業者が太陽電池を駅舎に取り付け始めた他、照明ではLEDの導入が急速に進んでいる。これに加え、状況に応じてLED照明を自動的に制御することで、さらなる消費電力削減に挑む。

『日経エレクトロニクス』2012年5月14日号より一部掲載

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